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「マラソンは人生には例えられない、なぜなら…」 嫌なら走るのを止めればいいスポーツで人が育つこと――マラソン・谷口浩美

THE ANSWER / 2024年8月10日 13時34分

谷口浩美さんが考える「マラソンが人を育てること」とは【写真:産経新聞社】

■「シン・オリンピックのミカタ」#87 連載「私のスポーツは人をどう育てるのか」第11回

 スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト「THE ANSWER」はパリ五輪期間中、「シン・オリンピックのミカタ」と題した特集を連日展開。これまでの五輪で好評だった「オリンピックのミカタ」をスケールアップさせ、4年に一度のスポーツの祭典だから五輪を観る人も、もっと楽しみ、もっと学べる“新たな見方”をさまざまな角度から伝えていく。「社会の縮図」とも言われるスポーツの魅力や価値の理解が世の中に広がり、スポーツの未来がより明るくなることを願って――。

 今回は連載「私のスポーツは人をどう育てるのか」。現役アスリートやOB・OG、指導者、学者などが登場し、少子化が進む中で求められるスポーツ普及を考え、それぞれ打ち込んできた競技が教育や人格形成にもたらすものを語る。第11回は1992年バルセロナ五輪男子マラソンに出場した谷口浩美氏。レース中の転倒によりシューズが脱げ「コケちゃいました」の名言を残して国民に爽やかな感動を与えたトップランナーが最終的にたどり着いた境地にスポットを当てた。(取材・文=THE ANSWER編集部・瀬谷 宏)

 ◇ ◇ ◇

 五輪前年の東京で行われた世界陸上での優勝で、バルセロナ五輪の金メダル有力候補となった谷口氏。だが大会直前に疲労骨折で入院し、何とか間に合った本番でも20キロ過ぎの給水地点で他の選手と接触して転倒というアクシデントに見舞われた。執念の追い上げで8位入賞し、レース後に残した「コケちゃいました」の名言は国民の感動を呼んだ。

 谷口氏としてはバルセロナ五輪は「メダルが獲れなかったレース」という認識。だが、レース後の爽やかな振る舞いが、銀メダルを獲得した森下広一や4位の中山竹通以上にクローズアップされ、世間の注目を浴びた。街行く人に「コケちゃいました、の人ですよね」と声を掛けられ「なかなか生活しにくかった」という日々。それでも一方で「やはりどこか“天狗”になっていた行動をしていた気もします」と振り返る。

「SNSが流行っている今だったら、私は潰されています。今の時代じゃなくてよかったですよ。メディアで紹介されて注目を浴びるのはいいことですが、競技者としてよりもその後の人生の方が長い。私は今年で64歳になりましたが、若気の至りだった当時を見直すことができます。だから、当時の私の年齢くらいの人には『一過性で騒いでもらうのもいいけど、こういうところを注意しておかないと、すぐ揚げ足を取られるよ』と言いたいですし、そんなアドバイスを自分の経験を通してできるようになったのは面白いところですね」

 宮崎県の陸上の名門・小林高で全国高校駅伝に3年連続出場し、2、3年次に連覇を達成。日体大進学後は箱根駅伝も走った。卒業後は旭化成に入社。1985年別府大分毎日マラソンで初マラソン、初優勝の快挙を成し遂げた。華々しいキャリアのスタートとなったが、そもそも谷口氏はなぜマラソンを走るようになったのか。この問いには意外な答えが返ってきた。

「マラソンってきついじゃないですか。周りのみんなが途中で『や~めた』ってなるくらい。だからマラソンを始めたんです。みんなが『や~めた』ってなってくれれば、自分が最後までやめなければ生き残る。私は何をやるにも時間がかかるタイプなんですよ。高校時代にやろうと思って始めたんですけど、日本一になるのは50歳のときでいいやと。50歳だったらみんなやめてるだろうなと。そこで自分が走っていたら、自分が日本一だって思っていましたから」

■現役時はまさに“命懸け”「42.195キロの語呂合わせは…」

 よく聞かれる「マラソンの魅力」について、谷口氏は「自分の可能性をどれぐらい出せるかということに尽きます」と答えているという。一方で、安易な取り組み方はしていなかった。「マラソンの距離の42.195キロを語呂合わせすると“死に行く覚悟”となるんです。そういう覚悟で取り組みなさいっていう教えを受けて、それに合わせた行動を取っていましたね」。まさに“命懸け”の競技生活だった。

 こうした考え方になった背景には、当時はマラソンのレースそのものの数が現在より圧倒的に少なかったことも影響している。「出られるレースが限られていて“スタートしたからには、ゴールしないともったいない”みたいな感じはありました。でも今はレースも多く、途中でダメだと思えばやめて(棄権して)しまって、次に切り替えるということができる。そういう時代の差はあると思います」と今のランナーたちとの取り組み方や目標設定の差を指摘する。

 近年、男子のトップ選手は世界記録も2時間を切る寸前のところまで来ており、レベルアップが著しい。谷口氏に言わせれば「技術の進化ですよね。今の速い選手たちは、ある意味“バネ下駄”で走っているようなものだから」と厚底シューズに代表される用具の進化が大きいという。

「逆に言うと、あれに見合う肉体であるかどうかが、今、速い選手になれるか、なれないかです。今の選手たちは厚底シューズに対応できる体にどんどん変わってきていますけど、あのシューズを私たちが履いたらすぐ体に異変が起きていましたよ。今は技術の進歩とともに、その技術に似合う体に選手たちが変化していっているんじゃないかなと思いますね」

 栄養学の研究が進み、近代マラソンで“勝てる”体づくりがクローズアップされる昨今、谷口氏はそこにある“落とし穴”にも警鐘を鳴らす。

「みんなが栄養学で計算されたものを食べれば強くなるかっていうと、そうじゃない。それぞれの体があり、自分の工夫や変化というのをどう捉えるかで変わっていくことに気づく必要があるんです。研究が進むのはそれはいいことですけど、何がいいかを選択していく部分がまだ欠けていると思うんですね。どんなスポーツも“モノマネ”から強くなると思うんですよ。有名な選手を見て、その選手がどんなトレーニングしているかを知るのは大事ですけど、そこにいくプロセスはそれぞれ違うことを理解したうえで、自分を作っていくことが一番大事だと思います」


谷口さんは今もなおマラソンの魅力を伝えている【写真:本人提供】

■マラソンが人を育てる要素「忍耐力、持久力…自分をマネジメントできる」

 1997年に現役を引退し、旭化成のヘッドコーチを務めた後は沖電気、東京電力監督、東京農業大学の助監督も歴任した。2017年8月から2022年3月まで宮崎大学の特別教授に就任。マラソンを通じて多くの選手と接し、自分の経験を伝えてきた。「マラソンはどのように人を育てていくのか」。このテーマについて、谷口氏は意外な見解を示した。

「マラソンはよく、人生に例えられます。でも私は講演などで『マラソンは人生に例えられません』と言っています。なぜなら、マラソンは嫌だったら自分でレースを止めればいいからです。マラソンは自分の気持ちでどうにでもできます。でも人生は自分でどうにかしようという作業を常に考えたり、課題を作ったり、目標設定をして生きていくものです。人生は自分一人のことでもあるんですけど、周りから変えられるというのも人生です。だから人生には例えられないと思います、って答えているんです」

 マラソン界で頂点に立ったことがあるからこその言葉なのか。栄光も挫折も経験した谷口氏はむしろ、昨今のマラソンブームの中で一般ランナーに対する敬意を示す。

「最近のマラソン、例えば東京マラソンなんかは制限時間が6時間とか7時間じゃないですか。6時間走るということは、会社生活においてサラリーマンが朝9時に出社して、午後3時までずっと体を動かし続けるっていうことです。その忍耐力と持続力は凄いと思います。仕事をしながらどうやって練習時間を取るかを考えるうえで、自分の生活スタイルを全部見直していることは本当にすごいなと。自分をマネジメントできているわけですから」

 32年前に残した「コケちゃいました」の名言。自分の人生と真摯に向き合っていたからこそ、何の迷いもなく出た言葉だったのだろう。人生に例えられないからこそマラソンは面白い――むしろ32年が経った今、その思いが色濃く出ているのかもしれない。

(終わり)(THE ANSWER編集部・瀬谷 宏 / Hiroshi Seya)

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