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表彰台の黒い手袋に衝撃「国際映像で絶対カットされない」 NHK実況アナが震えた五輪が4年に1度訪れる喜び

THE ANSWER / 2024年8月11日 6時34分

世界から選手とファンが集まり、4年に1度開催されるオリンピックの意義とは【写真:Getty Images】

■「シン・オリンピックのミカタ」#91 五輪担当の元NHKアナウンサー刈屋富士雄・後編

 スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト「THE ANSWER」はパリ五輪期間中、「シン・オリンピックのミカタ」と題した特集を連日展開。これまでの五輪で好評だった「オリンピックのミカタ」をスケールアップさせ、4年に一度のスポーツの祭典だから五輪を観る人も、もっと楽しみ、もっと学べる“新たな見方”をさまざまな角度から伝えていく。「社会の縮図」とも言われるスポーツの魅力や価値の理解が世の中に広がり、スポーツの未来がより明るくなることを願って――。

「伸身の新月面が抱く放物線は、栄光への架け橋だ!」。2004年アテネ五輪、28年ぶりとなる体操男子団体の金メダルはNHKアナウンサーだった刈屋富士雄さんの名実況もあって、今も語り継がれる名シーンとなった。刈屋さんは幼少の頃からオリンピックに魅せられた人であり、オリンピックの価値を問い続けた人でもある。後編はオリンピックを心から愛する元スポーツアナウンサーの物語――。(前後編の後編、取材・文=二宮 寿朗)

 ◇ ◇ ◇

 1968年、刈屋が小学2年生のころにメキシコシティ五輪が開催された。ブラウン管に映るトップアスリートの輝きに8歳の少年は目を奪われ、心を躍らせた。

「陸上男子走り高跳びで金メダルを獲ったディック・フォスベリー。(主流だった)ベリーロールじゃなく、背面跳びというものを初めて見て“これは、凄い”と思いましたね。あと、陸上男子走り幅跳びのボブ・ビーモン。人の頭の上を越えていくようなジャンプで、記録した8メートル90は1991年に東京で行なわれた世界陸上でマイク・パウエルに破られるまでの世界記録でした」

 だが一番の衝撃は、競技そのものではなかった。男子200メートル決勝で金メダルのトミー・スミスと銅メダルのジョン・カーロス(ともにアメリカ)が表彰台に上がり、国旗が掲揚されて国歌が流れると黒い手袋をつけて拳を突き上げたシーン。アメリカ国内の黒人差別に対する抗議であった。公民権法が制定されても差別はなくならず、事態は深刻化していた。

「まだ小学2年生ですから、どういう意味でスミスとカーロスが1対の手袋を分け合ってそうしたのか分からなかった、中学生になって、社会科の先生が教えてくれたんです。アメリカは自由で平等で、アメリカンドリームの国だって国際的にアピールしていた。ところが国内では人種差別が問題になっていて、それはスポーツの世界でも同じでした。彼ら選手たちはオリンピックをボイコットしようとしたのですが、その声は封じ込められ、ならばと国際放送で絶対にカットされないオリンピックの表彰台で国歌が流れるときに下を向いて拳を突き上げたのだ、と。人権、平等、こういったことが認められてこそ、あるいは確保されてこそのオリンピックだということを彼らは全世界にアピールしたんじゃないかなと感じました。

 私も最初はオリンピックに出たいと思って陸上競技をやったんです。でも目指せるレベルではないなと悟ってその夢はすぐに断念して、オリンピックを近くで見ることができる仕事に就きたいと思うようになりました」

 早稲田大学時代はボート部に入って早慶レガッタにも出場するスポーツマンだった。最初は通信社への就職を考えていたが、地上波で自分たちが中継されたことをきっかけにテレビ局への関心を高め、1983年にアナウンサーとしてNHKに入局する。“さあ、オリンピックだ”と胸を高鳴らせていたことは想像に難くない。


初めて現地取材したバルセロナ五輪で心揺さぶられる場面があった【写真:窪田亮】

■入局後、先輩アナに言われた言葉「君はオリンピックが4年に1回自動的に来ると思っていないか?」

 入局間もなく、会社の、そしてスポーツアナウンサーの大先輩である西田善夫に言われたことは今もはっきりと覚えている。

「西田さんから『君はアナウンサーになって何がやりたいの?』と聞かれたので『オリンピックです』と答えました。続けて『君はオリンピックが4年に1回自動的に来ると思っていないか?』とまた聞かれたから『はい』と返すと、西田さんは言ったんです。『近代オリンピックっていうのはまだ100年の歴史もない。世界中の国が4年に1回、夏冬なら2年に1回、みんなで集まりましょうっていう強い思いがなければ、あっという間になくなっちゃうよ』と。そうなのか、と思いましたね。どこかの国が、オリンピックなんてやめようと言い出したらどうなるかなんてわかりません。西田さんの言葉によってそういう視点を持てるようになりました」

 勉強を兼ねて過去のオリンピック番組を見ていく際に、印象に強く残ったのが1964年東京オリンピックの閉会式だった。国別に行進する予定だったが、入り混ざって一団となって入ってくる。そのときアナウンサーが添えるコメントが、刈屋の意識を変えることになる。

「選手たちがごちゃごちゃになって入ってきて、みんな陽気で楽しそうなんです。アナウンサーが『国境もなく、人種も民族も宗教も政治体制も関係なく、すべての人が混在する幸せ。これが平和の姿。人類の平和とはこういうものであろうと胸の熱くなる瞬間であります』と伝えました。元々そういう見識を持っていないと喋れませんし、会場の空気感をどう捉えて、どんな言葉で表現するのか。たとえいいことを言っても伝わらないケースは少なくありません。言葉の選択もそうですが、言うタイミングが大事だなと感じました」

 オリンピックとは何か、オリンピックとの実況とは何か。入局してからのオリンピック中継は日本にいて学びながら、日ごろのスポーツ中継などで研さんを積みながら、初めて現地に赴いたのが1992年のバルセロナ五輪だった。オリンピックとは何かを目の当たりにすることができた。

「西田さんが1976年のモントリオールオリンピック閉会式の最後に『4年後もオリンピックができる平和な世界でありますように』と語っていますが、4年後のモスクワ大会はソ連によるアフガニスタン侵攻への抗議で日本を含む西側諸国がボイコットし、その4年後のロサンゼルス大会は逆に東側諸国がボイコットしたわけです。88年のソウル大会においては大韓航空機爆破事件は濡れ衣だとして北朝鮮が抗議してボイコット。つまり世界みんなで集まれないことが続きました。

 そして僕が行ったバルセロナ大会は、169の国・地域から集まった。聖火台の斜め下くらいのところから開会式を見ていて、全選手が競技場に入り終えた後、選手たちの真ん中が割れて白い布が出てきて左右に広がって全体を覆っていきました。選手みんなで広げていったのが、巨大な五輪旗。ようやく今、世界が揃いましたよっていうメッセージ。心を揺さぶられるような思いで見ていました」

 刈屋はバルセロナ以降、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティ、アテネ、トリノ、バンクーバーと夏冬合わせて8大会、現地からの実況を担当している。開催地に世界中が集まる喜びを感じながら、誠心誠意、共有できる言葉を届けようと心掛けた。


刈屋さんが考える「オリンピックの一番の価値」を語る【写真:窪田亮】

■今、考えるオリンピックの価値「一番の価値と言われたら…」

 オリンピックに魅せられ、その現場を目撃者となってきた刈屋にとって、オリンピックの価値とは何か――。あらためてそう問うと、ひと呼吸置いてから彼は言った。

「世界中のいろんな環境下にあるアスリートが、自分の夢を叶えるために努力して出場権を得て開催地に集まって、そして同じように努力してきた人と死力を尽くして戦う。一番の価値と言われたら、やっぱりそこなんじゃないかな、と思うんです。一瞬の戦いのなかに永遠のきらめきがある勝負こそが観ている世界中の人たちの心を動かす。そして努力をすること、目標に向かっていくことが大切なんだと教えてくれます。これさえあれば、オリンピックはずっと続いていくはず。

 たとえば日本の大相撲は1500年続いています。なぜかと言えば、鍛え抜かれた力士が1対1で土俵の上で戦うその醍醐味が、観る者にとっても魅力だからです。オリンピックにもつながるところがあると僕は思っています。人の心が動いていけば、未来も変わっていく。みんなが1か所に集まるには、やっぱり戦争はやめなきゃいけないよね、という考えも共有できますから」

 刈屋は2020年4月にNHKを定年退職し、現在は立飛ホールディングスのスポーツプロデューサーを務めるなど今なおスポーツとの関わり合いを強めている。女子相撲、ビーチバレー、ボート、体操といった大会を実施して、精力的な活動を続けている。

 努力してきたアスリートを一つに集め、多くの人が心を動かせる舞台を――。オリンピックからの学びを胸に、刈屋はこれからもありったけの情熱をスポーツに傾けていく。(二宮 寿朗 / Toshio Ninomiya)

二宮 寿朗
1972年生まれ、愛媛県出身。日本大学法学部卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社。2006年に退社後、「Number」編集部を経て独立した。サッカーをはじめ格闘技やボクシング、ラグビーなどを追い、インタビューでは取材対象者と信頼関係を築きながら内面に鋭く迫る。著書に『松田直樹を忘れない』(三栄書房)などがある。

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