五輪採用には反対の声「カルチャーが壊される」 成功の裏で…日本にいた“五輪ブレイキンの仕掛け人”の献身
THE ANSWER / 2024年8月10日 19時37分
■「シン・オリンピックのミカタ」#89 連載「OGGIのオリンピックの沼にハマって」第17回
スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト「THE ANSWER」はパリ五輪期間中、「シン・オリンピックのミカタ」と題した特集を連日展開。これまでの五輪で好評だった「オリンピックのミカタ」をスケールアップさせ、4年に一度のスポーツの祭典だから五輪を観る人も、もっと楽しみ、もっと学べる“新たな見方”をさまざまな角度から伝えていく。「社会の縮図」とも言われるスポーツの魅力や価値の理解が世の中に広がり、スポーツの未来がより明るくなることを願って――。
今回は連載「OGGIのオリンピックの沼にハマって」。スポーツ新聞社の記者として昭和・平成・令和と、五輪を含めスポーツを40年追い続けた「OGGI」こと荻島弘一氏が“沼”のように深いオリンピックの魅力を独自の視点で連日発信する。
◇ ◇ ◇
ブレイキンが五輪にデビューした。スケートボードが行われたコンコルド広場の特設会場。世界から集まった17人のBガールズがバトルを繰り広げた。すごく健康的に感じる青空のもと、清潔感たっぷりの白いTシャツ姿のジャッジ、ブレイキン「らしくない」部分もあったけれど、会場の盛り上がりはテレビを通しても伝わってきた。
DJのシャウトに観客が呼応。素晴らしいパフォーマンスには、観客が総立ちで拍手を送る。他の競技会場にはない一体感だ。最前列で見守るIOCのバッハ会長。その満足そうな笑みが「若者人気の獲得」を目指して五輪に加えたブレイキンの成功を証明していた。
「ブレイキン? 本気か?」。パリ大会組織委員会が追加種目として提案したことが発表されたのは19年2月だった。東京大会でスケボーやサーフィンが追加されるなどIOCの「若者人気獲得路線」は分かっていた。18年ユース五輪で行われ、候補にあがっていることも知っていた。それでも、意外な思いはあった。反対が多いとも聞いていた。
日本ダンススポーツ連盟ブレイクダンス部の石川勝之部長は「予想はしていました」と言った。18年ユース五輪日本代表監督として金2、銅1のメダルを獲得、今大会でもコーチを務めた石川氏は「Katsu1」として世界的にも知られたブレイカー。「ずいぶん頑張りましたから」と見せられたのは、世界の仲間へのSNSのメッセージだった。
1970年代にニューヨークの貧困街で発祥したのがブレイキン。抗争していたギャングが銃を捨て、ダンスで戦おうとしたのが始まりとされる。ラップなどとともにヒップホップを代表するブレイキンが五輪競技になったら「カルチャーが壊される」という反対の声があがっていた。「確かにそういう声は多い」と石川氏も話した。
だからこそ、ブレイカー仲間に五輪で行うことの意義を伝え、賛同を求めた。いわば「五輪ブレイキンの仕掛け人」。地道な活動が実ったからこそ「予想していました」と笑顔を見せたのだろう。
■米国発祥のブレイキンも…実は競技としては「日本が先進国かもしれない」
米国で発祥し、発展したブレイキンだが、実は競技としては日本が先進国かもしれない。深夜の駅で踊っている若者だけではない。多くの子どもたちが「自由なダンス」として親しみ、レッスンを受けている。ギャングの抗争に端を発するダンスはもともと男のもの。マイナーといわれたBガールのシーンを引っ張ったのも日本だ。
世界の頂点を決めるといわれる「Red Bull BC One」はもともと男子だけの大会だった。17年に女子として男子の大会に初出場したのがAYUMI(福島あゆみ)、翌18年に初めて行われた女子の大会を制したのがAMI(湯浅亜実)だった。五輪競技になって世界中で多くの若い選手が出てきてレベルも上がった。それでも「先駆者」は強かった。
5年間、石川氏は大会方式や採点基準の整備に奔走していた。AMIは次々に出てくる新世代と対戦し、自身のダンスを見つめながらブレイカーとして成長してきた。2人が抱き合ったシーンは、ここまでの道のりを考えると、より感動的だった。
男子のShigekix(半井重幸)もブレイキンを引っ張ってきた。五輪採用が浮上した翌日には高校の授業が終わった後に急きょ東京入り。ダンススポーツ連盟の会見で五輪への思いを語った。以来、広告塔としてブレイキンの魅力を伝え、国内外に発信してきた。
AMIは「五輪初代女王」と言われたが、次は分からない。28年ロサンゼルス大会での採用が見送られたからだ。28年のユース五輪は実施予定だから復活する可能性もあるが、いずれにしても4年後はない。それでもShigekixは言った。「五輪でなくなっても、また新しい可能性が広がる。ブレイキンのシーンは、まだまだ広がります」。日本のブレイキンはパリ五輪を経てさらに広がっていきそうだ。(荻島 弘一 / Hirokazu Ogishima)
荻島 弘一
1960年生まれ。大学卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ部記者としてサッカーや水泳、柔道など五輪競技を担当。同部デスク、出版社編集長を経て、06年から編集委員として現場に復帰する。山下・斉藤時代の柔道から五輪新競技のブレイキンまで、昭和、平成、令和と長年に渡って幅広くスポーツの現場を取材した。
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