「陸上競技と受験は似ている」 敗因はすべて自分、特性を知り“勝てる戦場”を探す陸上で人が育つこと――陸上・為末大
THE ANSWER / 2024年8月11日 10時35分
■「シン・オリンピックのミカタ」#96 連載「私のスポーツは人をどう育てるのか」第12回
スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト「THE ANSWER」はパリ五輪期間中、「シン・オリンピックのミカタ」と題した特集を連日展開。これまでの五輪で好評だった「オリンピックのミカタ」をスケールアップさせ、大のスポーツファンも、4年に一度だけスポーツを観る人も、五輪をもっと楽しみ、もっと学べる“見方”をさまざまな角度から伝えていく。「社会の縮図」とも言われるスポーツの魅力や価値が社会に根付き、スポーツの未来がより明るくなることを願って――。
今回は連載「私のスポーツは人をどう育てるのか」。現役アスリートやOB・OG、指導者、学者などが登場し、少子化が進む中で求められるスポーツ普及を考え、それぞれ打ち込んできた競技が教育や人格形成においてもたらすものを語る。第12回は陸上400メートル障害でシドニー、アテネ、北京の五輪3大会に出場した為末大さん。引退後は「スポーツで社会を良くする」を目指し、さまざまなステージで活躍。そんな為末さんの考えとは。(取材・構成=THE ANSWER編集部・神原 英彰)
◇ ◇ ◇
陸上競技の一番の分かりやすさは「目標を立てて、やってみて、振り返る」のサイクルが回るところ。これはシンプルなようで、社会で生きていく上で結構強力です。
もう一つ、陸上は「自分を扱う競技」であること。他者が介在することがなく、言い換えると、すべての敗因は自分由来であること。だから、自分は一体どんな存在で、どんなミスを犯しがちで、どんな特徴があるか、向き合う機会が多い。自分をよく知って、自分を使う。これが学習されます。
一方、他者とのコミュニケーションや、チームプレーが苦手な人が多い。これは課題ですが、特性として挙げられます。
他競技との比較でも考えてみます。個人スポーツでいえば、競泳は類似性が高い競技です。特性は概ね一緒ですが、違いを挙げると、陸上は種目の選択が多い点。競泳はクロールから平泳ぎくらいの選択がありますが、さすがにやり投げから棒高跳びのような飛躍はない。陸上は例えば、バスケットボールを選んで起こるポジションチェンジより遥かに大きい飛躍が競技の中にある。これは体験的にも違う。
陸上競技者はそういう世界を生きるので、自分をよく知って、自分はどの位置に行けば生きるのか、中学生くらいから手探りで見つけていくという特徴がある。だから、それなりに自分の特性を見極め、勝てる戦場を選ぶ経験を持つ人間が多い。
また、陸上競技と受験が似ているとも言われます。目標を決めてコツコツとやり、他者との協力より、自分の世界をいかにルーティン的に回していくか。他の個人競技に似たところでもありますが、そこは生きるポイント。社会に出た後に関して、陸上は複雑なコミュニケーションやリーダーシップで人を動かすことを覚えるなどはなかなかないですが、うまくいかない時も頑張ってうまくいくところまで持っていく、先に述べたような目標設定を繰り返していく点もあります。
一言で言うと、自分を扱う技術を身につけやすい競技です。
もちろん、個人競技と団体競技のアプローチは異なります。以前、私の会社に陸上出身と、アメフト出身の人間がいました。
ある問題に直面した時、前者は「これは自分で解決しなければならない」と思い、そのまま集中し続け、後者は「自分だけでは難しいかもしれない」と思い、手を挙げて周りを見渡していました。究極的には、自己責任で生きていく個人競技と、みんなでシェアをしていく団体競技の世界が存在しています。
団体競技の方が仲間を大事にしてコミュニケーションを取りますが、一方で、それは責任のシェアでもある。最後は自分だけで背負わない。個人競技はゴールの瞬間まで背負わされる。それは大切な経験。団体競技でプロまで行った選手も「個人競技を想像すると怖い」と言う人も結構います。「最後、自分で全部背負うの?」と。我々からすると「自分のせいじゃなくて負けることがあるの?」みたいな感覚の差はあります。これは個人競技が優れているということではなく、特性の差の話です。
スポーツは「できない」を疑う習慣が育まれるという【写真:荒川祐史】
■スポーツそのものが育てるものは「できないこと」を疑う習慣
では、もう一歩下がって、そもそもスポーツをすると、どんな良いことがあるのか。
まず、人間は動物であり、動物は身体活動に基づいています。地球を遠くから見ると、生物は基本的に捕食する・される関係にあり、基本的にはそちらに最適化されていく。座りながら捕食したり・されたりはない。我々も基本的な身体があり、その上に思考が乗っているわけですが、身体活動は我々の動物的なところを刺激する。
スポーツはさらに睡眠や栄養が入ってくるので、健康で豊かな人生を歩むOS(基本ソフトウェア)が乗りやすい。人生の終盤はだんだんとスポーツの基礎のようなことをお医者さんが教え始めるんです。それが人生の早い段階で体験として残るのも便利です。
そんな前提がありながら、人前に晒されることが大きい。公衆の面前で負ける、どうしようもないものを突き付けられる。
それは苦しさであり、子どもには少し酷ですが。社会はあまりダメージを与えないように、そっとベールで隠すところがある。スポーツは「あなたの負けです」「前のレースより、あなたは遅かったです」とむき出しにされ、その繰り返しによって晒されることへの耐性ができます。
そうこうしていると、それは結果に過ぎないんだと、何かスカッとする部分がある。本当は負けることは大したことじゃないのに、すごい大きなことと人は思い込みやすい。勝ち負けは運にも左右される。もちろん負けた瞬間は悔しいですが、スポーツをしていると、勝負はそういうものだと、直感的にわかる。
そして、何よりも大抵は限界と思っているものの先に限界があると知れること。
人による部分はありますが、「ここまでしか無理」と思っていたものが続けてみると、想定より先に行けてしまう。一度その体験をすると「できないこと」に疑いを持つ。「本当にできないんだっけ?」「もうちょっとやってみたら、できちゃうかも」と。「ここまでかな」と思っているものが頑張ってみたら、それを超えられた。それをどんどん繰り返していくうちにオリンピックに辿り着いたアスリートも多いのではないか。
引退した後も最初はできないと思ったものも「いや、待てよ。あの時もできないと思ったけど、できたことがあったよな」と記憶を引っ張りだせる。最初にやってうまくいかないことに対して、粘り強く疑えるようになる。
スポーツ教育のなかでも、ぜひこのように励ましてあげるように変わっていってほしい。「お前はできないと思ったみたいだけど、できるかもしれないよ」と大人がちゃんと気づかせてあげる。そんな風にしていけば、スポーツも社会にもっと広がっていくと思います。
■為末 大 / Dai Tamesue
元陸上選手、Deportare Partners代表。1978年、広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2024年8月現在)。現在はスポーツ事業を行うほか、アスリートとしての学びをまとめた近著『熟達論:人はいつまでも学び、成長できる』を通じて、人間の熟達について探求する。その他、主な著作は『Winning Alone』『諦める力』など。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)
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