五輪金メダル→プロで世界一 「夢を与える」と言わないアスリートの持論「叶わなければ負け犬か?」――ボクシング・村田諒太
THE ANSWER / 2024年8月11日 18時14分
■「シン・オリンピックのミカタ」#101 連載「私のスポーツは人をどう育てるのか」第13回
スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト「THE ANSWER」はパリ五輪期間中、「シン・オリンピックのミカタ」と題した特集を連日展開。これまでの五輪で好評だった「オリンピックのミカタ」をスケールアップさせ、大のスポーツファンも、4年に一度だけスポーツを観る人も、五輪をもっと楽しみ、もっと学べる“見方”をさまざまな角度から伝えていく。「社会の縮図」とも言われるスポーツの魅力や価値が社会に根付き、スポーツの未来がより明るくなることを願って――。
今回は連載「私のスポーツは人をどう育てるのか」。現役アスリートやOB・OG、指導者、学者などが登場し、少子化が進む中で求められるスポーツ普及を考え、それぞれ打ち込んできた競技が教育や人格形成にもたらすものを語る。第13回は2012年ロンドン五輪のボクシングミドル級金メダリストで、プロでも世界ミドル級王者になった村田諒太氏。競技人生で何を得たのか。親の勝利至上主義も話題になる今、親の在り方についても語ってくれた。(取材・構成=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)
◇ ◇ ◇
ボクシングだからこそ人として成長した部分……してませんね。中学1年の長男を見ていても自分と変わらないと思う。成長したようで、していない。
ボクシングは殴り合う競技。だから、人の痛みを知ります。夢は叶わないことを知ります。勝ち続けることに価値があるかというと、それは違うと思う。スポーツの価値はそこにあるのではないでしょうか。
一生懸命やるけど、叶わないことがある。はっきり言って、それがマジョリティーなんだと。99.9%はそう。その上で自分がいて、同じように苦しい思いをしている人のことを知っていく。そのためのツールだと思います。
僕は2017年5月に初めてプロの世界タイトルに挑戦しました。その時は判定負け。5か月後の再戦で勝利し、世界王者になりました。18年10月に敗れ、9か月後にまた再戦で王座奪還。何度も失敗してきました。
少年院で講演をしたことがあり、「人生のリマッチ」としてこんな話をしました。
「僕はリマッチで勝ったから、こうやってチャンピオンになった。ボクシングだってすぐに続いたわけじゃない。最初はきつくて2週間で逃げ出した。アマチュア時代、予選で負けて2008年の北京五輪に出場できなかったし、諦めて酒を飲んで、タバコを吸って、本当に体たらく。
いろんな失敗をしてきたけど、諦めないでリマッチをしたから今がある。君たちは人生で悪いことをしてしまってここにいるけど、これからいくらでもリマッチのチャンスがある。君たちの失敗談だっていいんだ。でも、失敗で終わらすなよ。これからあるであろう、人生のリマッチで頑張ってほしい」
情けない失敗談ばかり。結局、ああいう子たちと話す時に成功談なんていらない。成功から学べるものなんて少ないですから。努力だけではなんともならないことがあるし、誰でも失敗する。そういう意味では、人生で失敗が多くて良かったです。
スポーツに大した意味はありません。後から価値をつけているだけです。「ボクシングにはこんな価値がある」「夢を与える」と言う人がいますが、夢なんて勝手に見るもの。夢がなかったら、夢が叶わなかったら負け犬ですか? そう思ってしまったら可哀そう。だって99.9%の夢が叶わないんだから。
その0.1%の夢が叶って、「俺は凄い」「How toはこうだ」と言うのでしょうか。それを追いかけた人がどれだけ惨めな思いをするのか。そんなものなら最初からない方がいい。だから、夢を叶えたことに価値を持たず、何かを追いかけていく過程の中で何かを見つける。そこで気づいたこと、できた仲間に対して価値を持っていたら、スポーツの意味合いは違ってきます。
一直線のレールを敷いて「この中で勝ったものが全てだ」みたいな、そういう世界観はあまりいい社会がつくれるとは思いません。かといって初めから「勝つことが目的ではなく、実は仲間を見つけることが……」と言い始めると、それも違う。一生懸命にならなくなるから。中途半端な人の集まりだと、本気だからこそ生まれる絆のようなものが生まれてこない。そのコントロールが非常に難しい。
THE ANSWERのインタビューに応じた村田氏【写真:浜田洋平】
■ボクシングは真面目じゃないと続かない
今、いろいろなスポーツで親の勝利史上主義が話題になります。
ボクシング界でも「息子に何を期待しとんねん」と思ってしまう親を見ます。自分ができなかったことを子どもに託す人。「子どもの人生はお前の人生ちゃうぞ」と思います。最悪の例です。
親がどれだけ言ったって仕方ない。24時間一緒にいるわけではないでしょう。無理やりやらせても、見ていないところで手を抜いていますよ。濃度の低い練習をダラダラと続けても、自分からやりたいという濃度の高い人間には勝てない。無理にやらせる親は愚の骨頂だと思います。親が何を意図して勧めるのか。「人生を彩る一つのツール」くらいの感覚ならいいのではないでしょうか。
やりたいことには自然と出会いますから。無理にやらせる必要もないし、好きならやっている。そこで夢中になる。楽しく過ごせればそれでいい。そういうものを得るためのツールとしてスポーツがあればいいですよね。
中1の長男は海外のインターナショナルスクールに行きました。自分から言い出したんです。そこで勉強して、英語を覚えて、違う世界を見てほしい。13歳の夢なんてどうなるかわからない。結局、親ができることはいろいろな世界を見せてあげること。そんなもんです。その中から子どもが選んだものに対して「頑張れよ」と後押しする。むしろ可能性を広げてあげることしかできない。
ボクシングは「子どもにやらせたいスポーツ」にあまり挙がりません。僕もさせたいと思わない。父親と比べられますし、いいものだと思っていません。たまたま僕が良かっただけ。もし、息子が本気でやりたいと言うならさせますよ。目を見たらわかります。「ほんましんどいぞ。痛いぞ」と警告します。自分の意思であればともかく、やらせるのは違う。
ボクシングは真面目じゃないと続きません。最終的に真面目な人の方が間違いなく強い。単調な練習でも、毎日ずっと同じことをできる人。その力をもともと持っている人と、競技をやることで得る人がいます。僕の場合はもともと凝り性。一つ知ると、極めたくなる気質がある。
中には「強くなって見返したい」という強い気持ちで一直線になれる人もいます。わかりやすいのは、貧しい国でボクシングを始めた選手たち。ただ、そういう人には後で破産する人が多い。貧乏から脱出したいというのは、実際に叶ってしまう。一瞬で数億円を手にし、金銭感覚がおかしくなってリタイアしていく。そういう意味でも、突き詰めたいと思っている人の方が強い。突き詰めようと思うと、永遠に叶わないから。
■自分らしく生きられるのは何か、スポーツは自分と向き合うための有用なツール
もちろん、夢や勝利を追いかけていいのですが、親がそういうマインドでは寂しい。勝った、負けた、よっしゃ! うちの子が使われている、レギュラーじゃない……そんなことじゃない。その状況で子どもが何を学んでいるのか。
それは子どもに言ったらダメだと思うんですよ。「レギュラーじゃなくていいから」と言ったら頑張らないから。だからといって、親がしゃしゃり出たらおかしくなる。僕らは後ろから見守るだけでいいんじゃないかな。結局、最終的に自分で決めんかったら人生おもんない。自分の好きな生き方を選べばいい。
今は人の生き方、選択を善悪で判断する人が多い。何でも善悪で分けすぎです。自分が善悪だと思っていることなんて、実は好きか嫌いかだけの話。善悪で分けると、くだらない争いが起きてしまう。個人の善悪で決めつけ、人を裁かない。俺は俺の好きなように生きる、嫌いな生き方はせえへん、それでいいと思う。
自分が自分らしく生きられるのは何か、自分に聞くことが大切。人に聞いたり、スマホを見たりしないで、自分自身に向き合う時間をつくること。瞑想でも、散歩でも、目を閉じるだけでもいい。自分自身に問いかける瞬間が必要。自分と向き合うために、スポーツは凄く有用なツールです。
僕は中学2年の時、喧嘩に負けたことにされ、噂話に腹が立って「俺が一番強いところ見せたるわ」と思ってボクシングを始めました。自分が強いと証明したかったし、自分自身にも強さを証明したかった。人を殴ること、困難に耐える心が強くなったかもしれない。だけど、そういうものを求めるほど、人間として自分がいかに弱いかを知った。
自分が一番強いと思ってもらえない限り、自分に価値があると思えない。自分という存在を認められない自分の弱さ。それを常に感じていたし、いまだに感じます。自分がいかに弱くて、汚くて、醜くて、ダメなのか。ボクシングは自分の弱さを知っていくためだけの旅でした。根源的なところでは、人間に大して差はない。それを知ることが、ボクシングを通じて唯一得られたものです。
最後の試合から2年4か月。やりたいことがないならなくてもいいと思っています。だけど、求めてくれるのであればやるというスタンス。パリ五輪の後、燃え尽きる子もいるでしょう。そういう子たちに僕から何かできることもあると思います。必要とされること、面白いと思うことをやっていければいいですね。
■村田 諒太 / Ryota Murata
1986年1月12日、奈良市生まれ。38歳。中学2年でボクシングを始め、アマチュア時代に南京都高(現・京都廣学館高)で高校5冠。東洋大、同大学職員で全日本選手権5度優勝。2011年世界選手権で日本勢史上最高の銀メダル。12年ロンドン五輪ミドル級で日本勢48年ぶりの金メダル。13年8月にプロデビューし、17年10月にWBA世界ミドル級王座を奪取。五輪金メダルとプロで世界王者になったのは日本人唯一。18年4月にミドル級では日本人初の防衛成功。同10月のV2戦で王座陥落したが、19年7月に奪還。22年4月のゲンナジー・ゴロフキン戦を最後に引退。身長183センチ。家族は妻、長男、長女。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)
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