議論渦巻くブレイキン判定「『クール』は数字で表せない」 IOCは過去に「主観の入る競技」除外案も…辿り着いた結論
THE ANSWER / 2024年8月11日 19時45分
■「シン・オリンピックのミカタ」#102 連載「OGGIのオリンピックの沼にハマって」第18回
スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト「THE ANSWER」はパリ五輪期間中、「シン・オリンピックのミカタ」と題した特集を連日展開。これまでの五輪で好評だった「オリンピックのミカタ」をスケールアップさせ、4年に一度のスポーツの祭典だから五輪を観る人も、もっと楽しみ、もっと学べる“新たな見方”をさまざまな角度から伝えていく。「社会の縮図」とも言われるスポーツの魅力や価値の理解が世の中に広がり、スポーツの未来がより明るくなることを願って――。
今回は連載「OGGIのオリンピックの沼にハマって」。スポーツ新聞社の記者として昭和・平成・令和と、五輪を含めスポーツを40年追い続けた「OGGI」こと荻島弘一氏が“沼”のように深いオリンピックの魅力を独自の視点で連日発信する。
◇ ◇ ◇
ブレイキンの判定が話題になっている。「Shigekixは勝っていただろう」と友人からもメールが来た。3位決定戦を見ていて、正直メダルだと思った。相手よりもよく見えた。そう思った人が多かった(日本人だけかもしれないが)から「判定がおかしい」となる。
ブレイキンの勝敗はジャッジが下す。音楽性、独創性など5項目を相対評価し、それぞれ優劣をつける。絶対的な点数ではないから、圧倒的な差も、わずかな差も、ポイントは同じ。ダンス全体の印象と部分的な評価の積み重ねに差異があっても不思議ではない。
それでも、ジャッジは絶対だ。「人選は、すごく大事」らしい。名を連ねるのは、いずれも著名なダンサー。1人ずつフロアで踊ってからジャッジ席に着く。これほど盛り上がるジャッジ紹介は知らない。そんなレジェンドの判定だから、プレーヤーも納得する。ジャッジが9人と多いのも「主観」をより「客観」に近づけるためだ。
もちろん、ダンスの優劣は見る人によっても違う。「赤が勝ったと思う」「青の方が良かった」というのは勝手だ。好き嫌いもあるし、どこで優劣をつけるかによっても違う。解説者やスタジオの岡村隆史が「僕のジャッジではShigekix」と言うのに引っ張られるのも分かるが、彼らも「判定がおかしい」とは言わない。様々な見方があるのは分かっているし、ジャッジの判断をリスペクトしているからだ。
Shigekix自身も勝敗を受け止める。負けたことは「悔しい気持ちはある」が、準備してきたことを「出し切った」満足感もある。最後に勝敗を決めるのはジャッジだし、高評価を得るために想像もできない努力を続けてきた。それでも、ジャッジの判断は受け入れる。悔しさや憤りがあっても、ジャッジに向くことはない。
スケートボードやサーフィンも、ジャッジの「主観」は絶対だ。技の得点が決まっているわけではないし、同じトリックをしても得点がまったく違うこともある。ビデオで見返して、細かく判断を下すこともない。「かっこいい」「クール」など数字では表せない。
■IOC内で「主観の入る競技は除外しよう」の案で協議された過去も…
IOCは以前から五輪での誤審や判定ミスに頭を悩ませてきた。ただ、スポーツから完全に主観を排除するのは困難だし、すべての誤審や判定ミスをなくすことも不可能。IOC委員で実施競技などを決めるプログラム委員も務めていた岡野俊一郎さんの話は忘れられない。
「主観の入る競技は除外しよう」という案が出て、協議した。採点競技はダメ。柔道やレスリングなどの格闘技も審判の判断が大きい。サッカーなど球技でも主観は排除できないし、水泳の泳法違反などもビデオを使いながら最終的には主観。「次々とできない競技が挙がって、最終的には『主観があってこそのスポーツ』という結論になったんだよね」。岡野氏は笑いながら話していた。
それでも、IOCは各競技団体に採点や判定の透明性、客観性を求めてきた。競技団体もビデオの導入や、ルール変更など応えてきた。フィギュアスケートや体操競技の採点方式は以前と大きく違う。アーティスティックスイミングも、今大会から個々の技に点数をつける新ルールを導入した。今回は日本人からみが多かったためか「誤審」が大きな話題になったが、大会全体を見れば決定的なミスは減っているように感じる。IOCや競技団体が努力してきた成果だろう。
ただ、一方でIOCは「主観」に頼る新しいスポーツを仲間に入れている。サーフィンやスケートボード、次回大会では実施されないブレイキンもユース五輪では続く。「若者の五輪離れを防ぐため」とはいえ、透明性や客観性を求めてきた立場からは逆行している。
もともと、五輪は「主観」で争ってきた。100年前のパリ大会では芸術も五輪競技。絵画や彫刻の「競技」が行われている。五輪には「主観」が大きい文化の側面もあったのだ。
国際サーフィン連盟のアギーレ会長は「オリンピックには、もともとカルチャーがあった。我々が加わることで、再びカルチャーを取り戻す」と話した。主観をなるべく少なくしようとする「スポーツ」と主観が入ることも当然の「カルチャー」。五輪はこの先、どこに向かうのだろう。(荻島 弘一 / Hirokazu Ogishima)
荻島 弘一
1960年生まれ。大学卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ部記者としてサッカーや水泳、柔道など五輪競技を担当。同部デスク、出版社編集長を経て、06年から編集委員として現場に復帰する。山下・斉藤時代の柔道から五輪新競技のブレイキンまで、昭和、平成、令和と長年に渡って幅広くスポーツの現場を取材した。
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