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15歳で単身渡米を決断 深夜のお好み焼き屋、最強ボクサー中谷潤人が両親に告げた進路選択

THE ANSWER / 2024年10月14日 7時43分

13日の前日計量に臨んだ中谷潤人【写真:中戸川知世】

■連載「選択――英雄たちの1/2」、中学3年で下した単身渡米の決断

 アスリートのキャリアは選択の連続だ。トップ選手が人生を変えた“2分の1の決断”の裏側に迫る「THE ANSWER」の連載「選択――英雄たちの1/2」。次世代の中高生が進路選択する上のヒントを探る。

 今回はボクシングの世界3階級制覇王者・中谷潤人(M.T)。現在はWBC世界バンタム級王座を保持し、階級最強の呼び声も高い。世界的にも井上尚弥(大橋)に次ぐ評価を得ている日本人だ。14日に2度目の防衛戦を控える26歳は、中学3年で単身渡米を決断。選択が人生にもたらしたもの、その判断基準は何だったのか。大一番を前に決断の背景を聞いた。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)

 ◇ ◇ ◇

 三重県北部、東員町にある実家はお好み焼き屋。閉店後の深夜、中学3年の少年は両親に告げた。

「アメリカに行きたい」

 小学生時代の中谷は空手に通っていた。勝利は少なく、店の常連客に勧められたのが階級制のボクシング。桑名市のジムに通ったのが運命の始まりだった。

「一番初めに教えてもらったのが石井広三(こうぞう)会長です。褒めながら教えてくれたので、凄く楽しかった思い出がある」

 元東洋太平洋スーパーバンタム級王者の石井会長は世界王座に3度挑戦。いずれも夢破れた。「世界チャンピオンになるんだぞ」。中谷は基本から丁寧に手ほどきを受けた。「課題に取り組むことに対して楽しさを感じられた」。できなかったことができるようになる。喜びを覚え、アマチュアの全国大会を制した。

 だが、よもやの転機が訪れる。2012年7月、恩師が急逝。34歳、交通事故だった。

「指導者に恵まれない時期が続いた」

 夢はプロで世界チャンピオン。高校、大学に進学し、アマチュアで技術を磨いてからプロ入りする選手が多い。「人があまりしていないことをやりなさい」というのが両親の教え。中学3年生の視線は海の向こうにいく。

「『世界チャンピオンになるんだぞ』と言われていましたし、『プロで』という気持ちが強かった。世界チャンピオンになるためにはどうしていくのか。家族と話し合う中で広三会長が亡くなってしまった。それが凄く大きかったです。

 指導者に恵まれないので、このまま日本にいてもダラダラと時間だけが過ぎていく。会長も現役時代にロサンゼルスで合宿をしていて繋がりがあったので、アメリカでやることに意味があるのかなと思いました。アマチュアで続けるという考えはあまりなかったですね」


米ロサンゼルス合宿でサンドバッグを打つ中谷、弟・龍人マネージャー(左後ろ)の檄を受けた【写真:浜田洋平】

■「お前、誰なの?」 渡米後に向けられた視線「ボクシングで見せるしかなかった」

 周りは当たり前のように受験勉強で机に向かう中、夢への近道と捉えた。最初は驚いた両親も快く後押し。会長のツテを頼りに単身ロサンゼルスへ飛んだ。当然、文化も言葉も違う未知の世界。しかし、15歳の心は不安より「ワクワク」が上回った。

 現在も師事するルディ・エルナンデストレーナーに出会い、住み込みでボクシングに励んだ。タイトル保持者や世界ランカーなどの猛者が集まる本場のジム。「お前、誰なの?」。すでに出来上がっていたコミュニティーから向けられる視線が疎外感を生んだ。

「周りは『なんか日本人が来たな』という感覚。最初はやっぱりホームシックになった。でも、ボクシングで見せるしかなかった」

 逃げ場はない。逃げる気もない。出会った奴らと拳を交え、とにかく実戦練習の多い日々を送った。「やっぱり刺激的。緊張感は毎日あった」。拳で実力を認めさせ、自然と仲間ができていった。

 米国の食に抵抗はなかったが、トレーナーの自宅があった「サウス・セントラル」の治安は最悪。貧困率が高く、銃犯罪などギャングの抗争が相次ぐ地域とされていた。

 渡米直後、「何もわからず」とロードワークで外出。気づけば路上にはテントがたくさん張られていた。「ちょっと雰囲気が違うなぁ」。ホームレスや麻薬中毒者が住む「スキッド・ロウ」という地域に入り込んでいた。「焚き火をしている人もいたりして」。今では笑って話せるが、そんな環境が逞しくさせた。

 日本では得られないものがある。だから、今でもロサンゼルスで合宿をする。若くして豊富な技術が身につき、物怖じしない精神が磨かれた。今年2月に世界3階級制覇を達成。石井会長の果たせなかった夢を叶えた。課題をクリアしていく楽しさは、恩師のミットにパンチを打ち込んだ当時と変わらない。


計量後に挑戦者のペッチ(右)と壇上で並んだ中谷【写真:中戸川知世】

■人生を左右した決断の基準「比例して不安も大きくなるけど…」

 世界で最も権威のある米専門誌「ザ・リング」の階級を超えた格付けランク「パウンド・フォー・パウンド」では9位に入る快挙。2位の井上尚弥に次ぐ、世界的評価を受けるまでになった。英語を覚え、拳でつくった仲間は「いい財産」と胸を張る。人生を左右した中学3年の決断。道を選ぶ基準は単純明快だった。

「楽しめる方がいいかな。楽しめないと長続きしない。楽しかったり、ワクワクしたり、そういう心が躍る方が頑張れると思います。それに比例して不安も大きくなりますけど、それより楽しそうだなと思う方をチョイスしていく。そうすると、苦しいとか不安な要素はだんだん消えていくんです。

『楽』と『楽しい』は違うので、楽はしちゃダメ。苦しいことはあるかもしれないけど、とりあえず楽しいだろうなって思える方に行った方がいいかなと思いますね」

 進路選択に悩む若い子へ、アドバイスを送ってくれた。

「自分がワクワクするものが見つかっていれば、そこに向けて思いっきり頑張ればいい。それがなくても目の前の与えられた課題とか、そういったものに一生懸命全力で取り組めば、それがホントに楽しいって思うかもしれない。

 僕は宿題とかやっていなかったですけど(笑)。すでにボクシングに出会っていて、突き詰めるモチベーションがあったので、そっちに行っちゃいましたけどね。でも、何事も得られるものがあると思うので、全力で取り組めば楽しいって思うかもしれない。

 一つずつ、丁寧に全力で取り組むこと。どの道に進んでもいろんなチャンスが転がっている。『とりあえず試してみる』ということは大事だと思います」

 PFP1位を目指す今、拳で人生を切り拓く日々は続いている。

○…今回も8月末から1か月のロサンゼルス合宿で約160回のスパーを消化した中谷は、14日に東京・有明アリーナでWBC世界バンタム級(53.5キロ以下)王座2度目の防衛戦を行う。13日の前日計量は53.4キロ、挑戦者の同級1位ペッチ・ソー・チットパッタナ(タイ)は53.2キロでクリア。「楽しみながらいいパフォーマンスを発揮したい」と防衛を誓った。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)

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