「僕の拳には想いが乗っている」 対戦相手の死、12年前の雪辱…執念で掴んだ堤聖也の世界王座
THE ANSWER / 2024年10月14日 6時23分
■ボクサー堤聖也が執念で掴んだ世界王座
ボクシングのWBA世界バンタム級(53.5キロ以下)タイトルマッチ12回戦が13日、東京・有明アリーナで行われ、挑戦者の同級2位・堤聖也(角海老宝石)が王者・井上拓真(大橋)に3-0で判定勝ち(114-113、115-112、117-110)した。
世界初挑戦で悲願を達成し、高校時代に敗れた宿敵に雪辱。8か月前には対戦相手のリング禍を経験した。「ボクシングって何だろう」。全ての対戦相手の想いを拳に乗せ、その答えを表現しながら掴んだ世界のベルトだった。戦績は28歳の堤が12勝(8KO)2分け、3度目の防衛に失敗した28歳の拓真が20勝(5KO)2敗。観衆は9500人。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)
◇ ◇ ◇
チャンピオンベルトを子どものように抱きしめ、天に掲げた。汗と、血と、涙が混じった傷だらけの顔。堤の声は揺れていた。
「この日の、この瞬間のためにずっと生きてきた。中学生の時、内山高志さんのベルトを持たせてもらった。だけど、それ以来自分のベルトを巻くまでは、どんな機会があってもベルトに触れないと誓いを立てていた。今日、やっと巻けました」
相対する敵は12年前からの標的。互いに高校2年だったアマチュア時代、全国高校総体準決勝で敗れた拓真だ。リングに立って湧き出た弱気の虫。「僕はずっと弱いままなのか。ずっと怖かった」。がむしゃらに前に出た。
王者の巧みなボディーワークにさばかれる。自分が体勢を崩した瞬間、拳が飛んできた。「凄く上手い。また自分を止める男なのか。何回も、何回も弱い心が出てきた」。7回に左まぶたをカット。「心の火を灯して戦った」。不格好かもしれない。それでも攻め続けた10回。ついに左が当たった。倒れる王者。「行かないと」。執念に満ちた拳は最後まで緩まなかった。
奪ったダウンは何ラウンドだったかすら覚えていない。それほど全身全霊だった。
高卒でプロの連勝街道を走った拓真。堤は大学を経て後を追った。「人生の恩人です」。涙をため、声を震わせながらライバルの背中に感謝する。
「やっぱり拓真がいなかったらプロボクシングに来ていないと思う。高校生の時からずっと考えていた。リベンジしたいって。拓真からすれば、僕はインターハイで試合をした普通の同い年のやつ。それ以上でも、以下でもない。12年間ずっと片思いをしていた。追いかけて、追いかけて、今日超えることができた。本当に戦えてよかった」
8か月前には訃報が届いた。
堤聖也【写真:中戸川知世】
■対戦相手が試合後に死去「僕への誹謗中傷もあるけど…」
昨年12月、穴口一輝選手(真正)からダウンを4度奪う3-0の判定勝ち。しかし、相手は試合後に意識を失い、右硬膜下血腫により緊急の開頭手術を受けた。意識が戻ることなく、2月2日に23歳で死去。堤は通夜、告別式に参列した。「家族のことを思うと本当に言葉が出ない。僕は何も言えない」
亡くなる直前にこの試合が2023年の年間最高試合賞(世界戦以外)に選ばれた。「彼は本物でした。やった僕らにしか感じられないこともある」。2人で獲った賞。「毎日思い出す」と過ごしてきた。
「ずっと覚悟してボクシングをやっています。試合前から僕は『これで終わるかも』と考えている。こういう言い方はあれですが、彼に問わず、戦ってきた相手との人生の潰し合いだと思ってボクシングをやっています。彼に問わず戦ってきた相手への想いはあって、彼へのその想いはより強いものがある。
僕の拳には彼ら(全ての対戦相手)の想いが乗っているので、それも全て覚悟した上で今後とも僕のスタイルのボクシングを皆さんに見せていきたい」
決して、リング禍を肯定するわけじゃない。「ボクシングって何なんだろうと、いろんな人が考えたと思う」。堤の頭にも駆け巡った。
「ボクシングをやっている奴らって、みんなそれぞれ想いを背負って、人生を背負ってやっている。そういうメンツの中で僕も戦ってここにいるし、これからそういう強い王者たちに挑んでいくわけで。そこで勝つ、ベルトを獲ることに大きな価値があると思っています。
ボクシングを本気でやっている奴らのぶつかり合いって、殴り合いですけど、そのぶつかる姿に人は美しいという感情を抱いてしまう。それがボクシングの魅力だと思うし、その競技を今もこうやって続けられることに凄く感謝して、誇りに思います」
競技に対して否定的な声が上がり、心無い声もぶつけられた。「僕への誹謗中傷もあるけど、気にかけてくれる人、心配してくれる人がたくさんいる」。そばにいる仲間ほど、励ましの言葉も何もない。いつも通り。それが嬉しかった。
魂で攻め続け、9500人の心を揺さぶった36分間。世界王座を獲り、リングで上を見た。会見で問われた穴口選手への想い。目の前の黒いベルトを見ながら、短く言った。
「まあ……報告はしたいっすね。ここで言うことではないかな」
バンタム級の4つの世界王座は日本人が独占中。誰が相手でも、また見たいと思わせる激闘だった。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)
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