陸上強豪校から1浪→上智大の異色キャリア 1年間留学、就活、インカレ出場…夢は世界「自分の道は自分で作らなきゃ」――上智大・鈴木一葉
THE ANSWER / 2024年10月20日 6時43分
■3年連続インハイ出場・埼玉栄から進学、オランダ留学やYouTubeなど挑戦の連続
9月に行われた陸上の大学日本一を決める日本インカレに一風変わったキャリアの学生がいた。女子100、200メートルに出場した鈴木一葉(4年)。強豪・埼玉栄で3年連続インターハイに出場して高校トップスプリンターの一人となったが、スポーツ推薦ではなく、1浪の末に上智大に一般入学した。将来の夢は、世界を股にかけてグローバルに活躍すること。在学中に長期の海外留学を経験し、自身のYouTubeチャンネルを開設。ひとつの物事に犠牲を払うことが尊ばれる日本の部活文化で、枠にハマらず、あらゆる挑戦を繰り返すキャリアに迫った。(取材・文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)
◇ ◇ ◇
陸上は1本のレーンを走るが、人生で歩くレールは1本とは限らない。
「私の名前、『一葉(かずは)』と言うんですけど、“何か一つのことをしっかりとやり遂げてほしい”と付けられたのに、『全然、“一葉”じゃない』と母に言われて……確かに、その通りかもしれません(笑)」
茶目っ気たっぷりに笑う通り、鈴木一葉の歩みは彩りに満ちている。
小学校4年生から3年間、父の仕事によりマレーシアで生活。「海外の脂っこい食事のせいか、体の成長が早かったみたいで」。帰国後、入学した中学校で計った50メートル走が学年1位に。陸上部の顧問だった体育の先生に誘われ、陸上人生はスタートした。
高校時代は強豪・埼玉栄で1年生からインターハイに出場。2年生で100メートルと1600メートルリレー4位、3年生は200メートル7位、400メートルリレー5位と1600メートルリレー2位と3種目で入賞し、高校生トップクラスのスプリンターの一人として名を馳せた。
鈴木のキャリアがカラフルな理由のひとつは大学選び。全国入賞クラスならスポーツ推薦で体育大などの強豪に進学するのが王道だが……。
「日本と海外を繋ぐ架け橋のような仕事がしたかったんです。マレーシアにいた時、カンボジアなど東南アジアの国々に行く機会があり、発展途上国に興味もありました。そのためにはバリバリのスポーツだけに染まる大学生活じゃない方がいいと」
高1から目指していた慶大はAO入試で不合格に。「慶大で陸上をやる」と決めていた鈴木にとって、慶大にも陸上にも縁はないと感じ、浪人を決め、語学や留学の環境が整う上智大を志した。朝6時起床、1日13時間の猛勉強の日々で、翌春、見事に桜を咲かせた。
陸上に見切りをつけ、始まったキャンパスライフ。
塾とカフェでアルバイトを掛け持ち、フツーの大学生を謳歌したが、どこか物足りなかった。しかも、まだコロナ禍が収まらない2021年。心を覆うモヤモヤ。「インターハイで活躍した鈴木一葉が入学したらしい」と聞きつけた陸上部の先輩から誘いを受け、「リレーだけでいいなら」と1年夏に入部した。
久しぶりにトラックで走ってみると、筋力の衰えを感じた。でも「なんか本当に楽しくて」、不思議と心躍る自分がいた。
「これだけ陸上をやっていないのに意外と走れた、頑張ったらいけるかもって。走りは結局、技術。ただがむしゃらに走って速くなるのは、女子の場合は中高生くらいで限界。みんなから置いてかれていた1年間は、技術や頭を使えば取り戻せると思いました」
もう一度、陸上と向き合う日々が始まった。
上智大在学中、鈴木は留学先のオランダでYouTubeを始めた【写真:中戸川知世】
■恵まれない環境も「私にはデメリットよりメリットが多い」と言えたワケ
1年秋の日本インカレに、2年春には日本選手権に出場。ブランクを感じさせないステップアップだったが、環境は恵まれたものではない。
部の練習は週3日。上智大には専用の練習場がなく、常に場所探しに奔走。練習日程も狂いやすく、周りに同じレベルで競い合えるライバルもいない。ただ、本人は「結局、陸上は個人種目。自分がしっかり走ればいいし、練習環境も自分次第でどうにかなる」とポジティブだった。
それ以上に、やるべきことをやれば、個人の意思が尊重される部の風潮が性に合っていた。最もありがたかったのが、大学2年の夏から1年間のオランダ留学。
「自由に行ってきて」という空気で送り出してくれた。「大学生活、陸上だけじゃなく、いろんなことをやりたいと思っていた私からすると、デメリットよりメリットが多い環境でした」。留学先にオランダのライデン大を選んだのは日本学科があったから。「世界から見た日本」に興味があった。
「日本と海外を繋ぐなら、自国のことを知らないと駄目。日本が海外からどう見られているのか、良い面ばかりじゃなく、悪い面も含めて見たい」と選択。すべて英語の授業をこなし、いろんな国の学生の友達を作った。
「日本人は本当にシャイ、考えを全然言ってくれない」と言われ、なんでもストレートに指摘するオランダの文化との対比に驚いた。一方でアニメ、寿司、ラーメンなど日本文化の人気も実感。そして、留学中の体験をアウトプットしようとYouTubeを始めた。最近は陸上関連にも話題を広げ、配信を続けている。
部活をやりながら留学をする学生も珍しくはないが、学生のトップクラスの競技力を持つ選手となると、そう多くはない。自分の幹は太くなった。
迎えた大学ラストシーズン。留学中は陸上から離れており、さらに帰国後は就職活動や大使館インターン、卒論執筆などに追われ7月から本格的に練習を再開し、短い準備期間で3年ぶりに日本インカレに出場した。夏からは埼玉栄の恩師・清田浩伸監督の指導を受け、走りのフォームやスタートなど、新しいアプローチを試した。
結果は100メートル、200メートルともに準決勝敗退。
「4年生の日本インカレ」というと、エモい文脈で語られやすいが、鈴木は首を横に振る。「感情云々ではなく、レースで自分の走りができたかどうかの方が私は大事。それで言うと、合格点かなと思うし、どちらかというと、自分の長い競技人生の一つの通過点になった」と前を向いた。
こうして、彼女のキャリアを紐解くと、特徴的なのは枠にハマらず、自分の意思・選択でなんでもチャレンジしていること。
日本はどちらかといえば、ひとつの物事に打ち込むことが美徳とされる文化だが、彼女の場合は真逆に近い。興味・関心を持ったものに何でも挑戦した。それには自分なりの軸がある。「自分の道は自分で作らなきゃいけない」というもの。
「中学生くらいから『自主性』を言われ始めるけど、よく考えたら先生が作った大きな枠の中で自由にやっているだけだって、生意気に中学生の頃から考えていたんです。それなりに順調に高校、大学とレールを進んでいく中で、もどかしさがあり、何か行動を起こしたいと思っていました。YouTubeを始めたこともそのひとつです。
『最初にやったことが自分に向いてなかったらどうするの?』というのが私の考え。いろんなことをやった上で、最終的に陸上に行きつけたらいい。やってみないと何が合うかもわからないし、他の可能性を捨てている気もする。なので、私は閃いたことはとにかく挑戦する。自分で道を作ることが結果的に良いように進むのかなって」
もともと自分で考え、当たり前を疑う思考だった。中学の時から中学では新入生は白のTシャツ、くるぶしより低いソックスは不可というルールを変え、埼玉栄時代にはA4で表裏3枚にわたる部則に疑問を持ち、不要なものは自分の代でなくした。
今でこそ、高校野球の坊主など前時代的なルールを見直す風潮があるが、前述の清田監督には「一葉が言ってくれたおかげ」と感謝されている。
鈴木がこれから描くビジョンも特殊。卒業後は働きながら競技継続を検討している【写真:中戸川知世】
■卒業後は働きながら競技継続を検討 陸上でも仕事でも「世界」を目指して
「多様性」が叫ばれ、昨日の常識が今日の非常識になる時代。学生の進路の考え方も広がり、彼女のような選択も次世代のひとつのヒントになるだろう。
誰かに敷かれたレールに縛られることなく、自分でレールを作ってきた鈴木。スポーツ推薦を選ばず、部活も留学も経験。個人でメディアも持った。もちろん、責任は伴う。でも、だからこそ「毎日、めっちゃ楽しいです」と笑う。
「なんとなく陸上を中学で始めたから、なんとなく高校もやって、大学もやって……だったら、もしかしたら『なんで私、陸上やっているんだろう』と思っていたかもしれない。たぶん、すべて自分が選んでいる道だから、楽しいんじゃないかなと思います」
これからのビジョンもちょっと特殊だ。
大学で引退するつもりだったが、来年の日本選手権の標準タイムを突破したこともあり、競技を継続することに決めた。外資系企業でフルタイムで働き、もちろん、業務を第一優先に、休日などを利用して挑戦することも視野に入れる。実業団の選手ではなく、OL兼アスリートとして。それも異例のこと。
鈴木の考えは、中学・高校・大学というくくりで陸上が存在しているわけではなく、たまたま競技人生が「3年、3年、4年」で外的に分けられているだけ。大学卒業だから……と区切るより「もう、これで終わりでいっか」と思えるまでやり尽くしたいという。
「現役中」と「引退後」を2つに分け、それぞれのビジョンを聞くと、「それは別に、同時並行でもいいのかなと思うんです」と言った。
「競技は、やるからには世界を目指したい。でも、世界で活躍できる人材になることは就職先でもできる。陸上を終えたから他のことをやるのではなく、将来のために今からでも種を撒いておけばいい。現役中、引退後というフェーズではなく、やりたい場所で自分のやりたい挑戦を好きなタイミングでやれればいい」
目的は世界。手段は陸上と仕事、どちらにも可能性がある。
やりたいことはひとつじゃなくていい。これからも、何本かに枝分かれしたレールを、鈴木一葉は楽しみながら歩んでいく。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)
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