176億円債券かけた住民投票も… 大統領選挙の日に“もう一つの選挙” 決まる公立校スポーツ施設の運命
THE ANSWER / 2024年10月28日 17時3分
■「Sports From USA」―今回は「大統領選挙の日に決まる公立校スポーツ施設の運命」
「THE ANSWER」がお届けする、在米スポーツジャーナリスト・谷口輝世子氏の連載「Sports From USA」。米国ならではのスポーツ文化を紹介し、日本のスポーツの未来を考える上で新たな視点を探る。今回は「大統領選挙の日に決まる公立校スポーツ施設の運命」。
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まもなく米国の大統領選挙が行われる。同じ日に連邦下院と33議席の連邦上院議員、いくつかの州知事、市長の選挙も行われる。この日に、公立学校の改善事業のための債券発行を問う選挙を行うところもある。この改善事業には、施設の新設、改修、環境の整備などがある。これらの事業には公立学校のスポーツ施設に関するものもある。この連載でも、アメリカの公立学校は、多くの高校がアメリカンフットボール場や野球場などの立派なスポーツ施設を持っていることをレポートしてきた。これらの施設を建設するための債券を発行するかどうかは、住民投票で決まることが多いのだ。
まず、アメリカの小学校から高校までの公教育のためのお金はどこからきているのかをみてみよう。アメリカの公教育は各州によってなされており、州は学区にわけて、それぞれの学区教育委員会に運営を大幅に任せている。お金の使い方についても学区教育委員会が審議し、決めていく。学区の財源は学区に住む住民からの税金と、連邦政府と州からの補助金である。
学区が学校の施設を建設したり、改修したりするときには、毎年の予算ではカバーできない大きなお金がかかる。そこで債券を発行してこれを財源とするのだ。債券を発行するということは、学区が出資者にお金を返していかなくてはいけないので、住民の税の負担が増えることになる。だから、住民の投票で、公立校の資本改善事業のために債券を発行するかどうかを決める。
選挙が近くなると、大統領候補や議員候補の名前のプラカードだけではなく、「Vote Yes for School Bonds」「Vote No!」といったカードが並んでいる。投票権のある住民はどのように判断するのか。これから学校に通う年齢の子どもがいて、公立校での教育を希望する世帯では、少々納税額が増えても学校の施設が充実するほうがよいと考えるだろうことは理解できる。学校に通う年齢の子どもがいない世帯は増税につながるだけだから、NOに投票するのか、といえば、そうとは言い切れない。
子どものいない世帯でも、もし、学区の学校の施設が充実し、子どもを持つ世帯がこの学区に住みたいと希望するようになれば、不動産の価値は上がる。学校の施設がボロボロであれば、よりよい教育を受けるためにこの学区に住みたいと思う人は少なくなるから、不動産の価値は下がる。教育のための税負担が、地域に住む子どもだけでなく、個人のメリットになるかも計算する。
■今回は1億1540万ドル(約176億円)の債券発行に関する住民投票も
しかし、学区の教育の充実には地域の子どもにも自分にも恩恵があると考えている住民でも、学区のスポーツ施設の充実に賛成するとは限らない。スポーツ施設を充実するよりも、教科教育等を充実させるほうが優先されるべきだと考える住民もいる。
今年、モンタナ州ホワイトフィッシュ高校では、教室、職業訓練、多目的エリアといった学習施設を充実させるための2650万ドル(約40億5000万円)と、スポーツ施設の増改築のための610万ドル(約9億3300万円)の債券発行の是非を問う住民投票を行った。(この投票は9月に行われた。すべての学区が大統領選挙と同日に住民投票を行うわけではない)。学習施設のための債券発行は56.5%が賛成、スポーツ施設ための債券発行は51.8%が賛成で、ふたつの債券発行が可決された。スポーツ施設の増改築は賛成・反対が拮抗していて、ぎりぎりのところで可決されたといってよいだろう。地元紙のフラットヘッドビーコン誌電子版によると、評価額が30万ドル(約4588万円)の不動産を持つ人は学習施設のための債券発行によって年間42.82ドル(約6550円)の負担、スポーツ施設のための債券発行によって年間12.8ドル(約1958円)の負担増になるとしている。
大統領選挙の日には、テキサス州ウイルズ独立学区の1億1540万ドル(約176億円)の債券発行に関する住民投票が行われる。地元メディアのクロン電子版10月12日付の記事によると、この総額のうち、6880万ドル(約102億5100万円)がアメリカンフットボール兼陸上競技場のためのもの。4660万ドル(約69億4340万円)が屋内活動施設と屋内スイミングプールだ。屋内施設はテキサス州の高校体育協会が高温時の活動制限をより厳格化しているため、空調のある屋内で活動できる施設を充実させるためのものだという。
子どものいる家庭はそれぞれに教育費をどのくらいかけるかに頭を悩ます。学習にはどのくらい、スポーツ系の活動、音楽などの習い事には、どのくらいと。そこに各家庭の教育方針がにじみ出てくることだろう。それと同じように、といえるかどうかはわからないが、公教育のための税を負担する住民は投票する権利を行使して、どのような教育にお金をかけるのかを選ぶ。そこには学区の住民の意思が反映されることになる。(谷口 輝世子 / Kiyoko Taniguchi)
谷口 輝世子
デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情を深く取材。著書『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)『子どもがひとりで遊べない国、アメリカ』(生活書院)。分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店)。
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