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仕事前に呟く「康太さんが好きだったこと」 当日乗り替わりのマイルCS、照れくさそうなお祝いの日…騎手・藤岡康太の記憶

THE ANSWER / 2024年11月14日 14時33分

2023年マイルCSを制した藤岡康太さんとナミュール【写真:産経新聞社】

■2023年のマイルCSで藤岡康太騎手を背に初G1制覇を飾ったナミュール

 秋競馬も佳境に入り、今週はG1マイルチャンピオンシップ(芝1600メートル)が京都競馬場で発走となる。レース当日、まさかの乗り替わりから、ファンをあっと驚かせたナミュールのG1初勝利から1年。調教を通じてさまざまな視点から過去のG1レースを振り返る企画「調教捜査官の回顧録」を寄稿する競馬ライターの井内利彰氏にとって、当時の鞍上だった藤岡康太さんとの思い出は数知れない。衝撃の戴冠劇から4か月後、不慮の事故により35歳の若さで突然の旅立ち。誰からも愛された「康太さん」に想いを馳せた。

◇ ◇ ◇

 2023年11月19日。この日はビギナーズ講師の仕事をするため東京競馬場にいましたが、仕事の合間にライアン・ムーア騎手が落馬負傷したことを知りました。真っ先に気になったのが、マイルCSでナミュールに誰が騎乗するのか、ということでした。

 私のナミュール評価は無印。今回の調教内容は決して悪くないと思っていましたが、過去、レース間隔が詰まったローテーションでは結果を出すことができていないということが気になり、富士Sから中3週の今回は評価することができませんでした。ゆえに誰が乗るにせよ、好走しないでほしいという気持ちがあったわけで、そこに藤岡康太騎手が決まった時はある意味安心しました。

 理由は世界No.1と評されるムーア騎手から、2009年にNHKマイルCを勝って以来、G1を勝っていない藤岡康太騎手だから。この乗り替わりで単勝オッズがぐんぐんと上昇したことが競馬ファンも同じ心理だったんだろうと推測できます。

 しかし、レースでは見事な騎乗で差し切り勝利。勝利インタビューでは「レース映像を見て(富士Sで騎乗経験があり勝利に導いた)モレイラ騎手からアドバイスをもらった」というのだから、レース当日の乗り替わりでもできる限りのことを実行するのは「康太さんらしいな」と思いました。

「康太さん」と書かせてもらうのは、普段はこのように呼ばせてもらっていたから。プライベートでお付き合いすることはありませんでしたが、懇意していただいている友道厩舎の追い切りに騎乗する機会が多く、その追い切りの内容を聞く時に「康太さん!」と声をかけさせてもらっていました。

 マカヒキ、ワグネリアン、ドウデュース。友道厩舎のダービー馬3頭、すべて追い切りで跨ったことがあるのは康太さんだけじゃないかな。マカヒキには京都大賞典で騎乗して勝利に導いています。

■ドウデュースに「豊さんが騎乗できないんだったら…康太さんが乗っても」

 昨秋、ドウデュースの1週前追い切りに康太さんが跨って抜群の動きを見せます。追い切りから引き揚げてくるのを関係者のみんなと待っている時「豊さんが騎乗できないんだったら、康太さんがレースで騎乗してもいいんじゃないですか」と誰かが声を上げると「ほんまやね」と。レースで騎乗することはありませんでしたが、それくらいみんなに愛されている人、それが康太さんでした。

 友道厩舎はCWで3頭併せを行うことが多く、3頭が縦列で走ります。先頭がペースを間違えると、後方2頭もその影響を受けてしまうので、先頭が担う役割はすごく大きくなります。そんな状況でも康太さんは牡馬、牝馬、新馬、未勝利、オープン。どんな馬に乗っても厩舎が求めるラップを確実に刻んでいきます。そんな様子を見て、双眼鏡越しに「さすが、康太さんやわ」と何度呟いたことか分かりません。

 2022年9月、JRA通算700勝を決めましたが、そのお祝いの言葉をかけた時も友道厩舎の追い切りを終えた直後でした。友道調教師にも協力していただき、700勝を記念して、私のインスタグラムに登場していただきました。すごく照れくさそうにカメラに向いてくれたこと、つい最近のことのように思い出します。

 そして、今年3月。JRA通算800勝を決めて、またインスタグラムに登場してもらわないと、と思っていた翌週。レース中の落馬事故で命を落としてしまいました。

 合同葬に参列させていただき、これが事実なんだと受け止めることが本当に辛かったですが、日本騎手クラブの会長である武豊騎手、同期の浜中俊騎手、そして、藤岡康太騎手の父である藤岡健一調教師の言葉を聞き、前に進まないといけないと思いました。

 自分にできることは何か。康太さんが好きだった、競馬ファンへのファンサービス。「僕も競馬ファンに対して、より一層のファンサービスができるように頑張りますね」。お別れする時に伝えました。今はその言葉を心の中で呟きながら、競馬場や仕事の現場へ向かうようにしています。(井内 利彰 / Toshiaki Iuchi)

調教をスポーツ科学的に分析した適性理論「調教Gメン」を操る調教捜査官。競馬予想TV!(フジテレビONE)に出演中。JRAの競馬場、ウインズのイベントに出演し、JRA主催のビギナーズセミナーの講師としても活躍。著書に「競馬に強くなる調教欄の取扱説明書」「調教Gメン-調教欄だけで荒稼ぎできる競馬必勝法」「調教師白井寿昭G1勝利の方程式」などがある。

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