苦闘、批判…ラグビー世界8強奪還への萌芽の検証 司令塔が物足りぬ新生日本代表で評価すべき才能
THE ANSWER / 2024年11月20日 14時33分
■「リポビタンDツアー2024」第2戦でウルグアイに36-20で勝利
「リポビタンDツアー2024」でヨーロッパ遠征中のラグビー日本代表は、第2戦でウルグアイを36-20で下してテストマッチの連敗を3で止めた。対戦時の世界ランキングが14位(現在13位)の日本に対して同19位の相手は、多くのメンバーが25歳以下。マストウインの相手に後半残り10分近くまで26-20と接戦を強いられるなど課題も露呈した中で、エディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ(HC)が掲げる「超速ラグビー」の成果が見え始めている。苦闘の中で世代交代を進める新生日本代表が見せた、世界の8強奪還への萌芽を検証する。(取材・文=吉田 宏)
◇ ◇ ◇
56日ぶりの勝利を告げるホイッスルに、フィフティーンの顔には歓喜より安堵が浮かんだ。8月のフィジー戦から1試合平均52.3失点での3連敗。チームが取り組む「超速」を十分に発揮出来ないゲームが続いた中で掴んだ白星に、エディーは久しぶりの勝者として臨んだ会見で選手たちを称えた。
「今日の結果は良かったと思います。序盤にキャプテンをイエローカードで失い、残り15分でワーナー(ディアンズ、LO/東芝ブレイブルーパス東京)を退場処分で失った。とても難しい試合だったが、チームはファイトする姿勢を最後まで見せ続けてくれた」
前半39分に、相手のハイパントを競り合ったSH齋藤直人(スタッド・トゥールーザン)が危険なチャージによるシンビンで10分間の一時退場。後半26分には、LOワーナーが頭部へのハイタックルで一発退場となり、都合24分間を14人での戦いを強いられながら、終盤に相手を突き放しての勝利。この日のトライで今季出場した9試合で7トライと、苦闘の中で奮闘するCTBディラン・ライリー(埼玉パナソニックワイルドナイツ)は「ラグビーにはパーフェクトな試合はない。そんな中で、今日のチームはグリット(気概、勇気)、忍耐力をしっかりと見せることが出来たと思う」と勝ちきれた理由を挙げている。
その一方で、4戦ぶりの勝利にも厳しい声は少なくはない。チーム始動からテストマッチ10試合を戦いながら、掲げる「超速」の熟成度が十分には上がってこない。経験値のある選手の一部は選ばず、あまりにも若手抜擢が多い中での思わしくない結果に、周辺からの批判的な声があるのも事実だ。
だが、世論が苦闘続きのネガティブな“雰囲気”に包まれる中で、苦戦を強いられながらチームは着実な1歩を踏みしめているのも間違いない。勝てないという苛立ちを感じる一方で、ウルグアイとの80分間のバトルの中で、実際にチームがどんなパフォーマンス、進化を見せているかを、冷静に見ていくことも重要だ。
立ち上がりはフィジカルで勝るウルグアイに接点で押し込まれる局面が多く、開始7分に先制トライを許している。だが、キックオフからの日本の防御を見ると、接点への集散は、スピード、2人で重圧を掛けるダブルタックルと、取り組んできたプレーをしっかりと見せている。序盤戦ではいいパフォーマンスを見せるのは、新体制での初陣となった6月のイングランド戦からの特徴でもあったが、2人で確実に相手を捕える意識や、密集に入る時の連動性など、日本が目指すプレーの精度は地道にアップしている。
10分の自分たちの初トライの場面でも、攻撃をスローダウンさせたいウルグアイの防御に対して、連続ラックで密集に参加する2人目、3人目の集散のスピードで競り勝ち、日本らしい速い攻撃のテンポを作り出して、最後はNo8姫野和樹(トヨタヴェルブリッツ)のパワーでインゴールをこじ開けている。5分後にはミッドフィールドでの相手の8次攻撃にダブルタックルを連発させて、防御を崩さないまま守り続け、最後は姫野が今度はジャッカルでPKを奪い取っている。この日の戦いぶりを、エディーはこう振り返る。
「先ずブレークダウンが良かった。まだスタッツは見ていないが、ターンオーバーも出来ていた。スピードや、緊急の対応も良かった。とりわけサポートプレーで速さが見られた。厳しい状況での反応や対応力も評価出来る」
トライを決めた濱野隼大【写真:JRFU提供】
■攻撃面のハイライトは前半32分のトライシーン
指揮官が挙げたターンオーバー、つまり相手ボールを奪い取るプレーの回数はウルグアイの2に対して日本は6と大きく上回っている。ここは、単なるパワーで奪ったのではなく、接点に相手以上に早く、多い人数をかけることで優位に立てている。これまでのコラムでも指摘してきたが、連敗を喫したオールブラックスら強豪国とのゲームでは、相手が戦況を読み、事前にどう動くべきかを想定しながらプレーしていたのに対して、日本は攻守両面でボールが動き始めてから、自分たちがどう動くかを判断しているような状況もあった。だが、この試合では、先に触れた集散の意識の高さ、速さでは、サポートする2人目、3人目の選手の反応が良く、ボールキャリアーがどこで接点を作るかも頭にインプットしながらプレーしていたことも成長を印象付けた。
このような接点での集散の速さと意識づけは、国内のチームですら常識だが、代表戦というハイプレッシャーの試合の中で、個別チームほど選手間のコンビネーションが十分ではないこと、仲間のプレー特性に瞬時に反応出来ないという現実もある。その中で、ランキングでは5位下の相手とはいえ、ようやく日本のテンポを作り出せたことは収穫だろう。序盤に主導権を握る展開は6月のシーズン序盤から見られたが、勝利まで持って行けたことはワンステップの前進と評価していいだろう。
攻撃面のハイライトは、前半32分のWTB濱野隼大(コベルコ神戸スティーラーズ)のトライシーンだった。自陣22mライン付近でのウルグアイボールのラインアウトで、相手がファンブルしたボールを一気に逆サイドまで展開。敵陣10mラインを突破してのラックから素早くボールをオープン展開した時点で、相手防御が付いて来られずにオフサイドの状態の中で、テストマッチ2戦目の23歳が右タッチ際を駆け抜けた。相手のミスに、BKラインが組織として素早く連動して一気に防御を崩し、重圧を受けながらも超速のパスアウトで相手を抜き去ってのフィニッシュに、日本の「らしさ」が込められていた。
後半12分のWTBジョネ・ナイカブラ(BL東京)の逆転トライが結果的に決勝点となったが、このスコアの起点も、自陣でのカウンター攻撃からSO松永拓朗(BL東京)?アイザイア・マプスア(トヨタヴェルブリッツ)と繋いだスピード抜群のカウンター攻撃に、ウルグアイが自陣ゴール前で反則を犯したプレーだった。日本のスピードのある展開に相手が対応出来ずに反則を犯す得点パターンが見え始めている。
ゲーム主将の齋藤は試合後の会見で「カード(退場者)がでているときの戦い方は一般的ではなかったかも知れないが、僕たちはアタックにフォーカスして取り組んできた。そこは変わらずに、どうやって(人数の少ない)時間を使うかという守りに入らず、ボールを持って戦い続けることにフォーカスしたことが良かった」と語っているが、指摘通りチームが終盤に入っても攻守にアグレッシブさを失わなかったことが勝因になった。
顕著なシーンは、後半29分の齋藤のPGまでの攻撃だ。ワーナーのレッドカードで残り時間を14人で戦わざるを得ない苦しい状況だったが、日本は中盤から積極的に連続攻撃を仕掛けている。両チーム共に疲労が蓄積する時間帯だったが、日本は序盤から変わらない2人目、3人目のサポートの速さでテンポを作り出し、最後は相手のオフサイドを誘い、PGで29-20のセーフティーリードに達している。直後の31分からの日本陣22mラインを挟んだウルグアイの猛反撃を、ダブルタックルを徹底しながらの防御で26フェーズまで反則を犯すことなる守り続けた3分間の我慢強さ、積極的な姿勢が防御面のハイライトだった。
80分間を通したゲーム展開を見ると、スピードのある攻撃は見せるものの、相手のフィジカルに簡単に防御を破られ、精度の悪さでチャンスを潰してしまう展開も続いている。だが、苦しい戦いの中で、相手がランキング下位のチームだとしても、終盤の粘り強い防御と、超速を見せながらの6トライ、36点というスコアに繋げたことは、若いチームにとっても自信になるだろう。シーズン序盤のイングランド戦、イタリア戦等では、80分間を通した展開の中で「点」でしかなかった自分たちの強みが、ようやく「線」になり始めたのが、新生ジャパン10戦目の80分だった。
敵防御のギャップを思い切って突いたランをみせた松永拓朗【写真:JRFU提供】
■代表初先発のSO松永拓朗が残したインパクト
その一方で、勝利を諸手を挙げて喜べない現実もある。試合後のFL下川甲嗣(東京サントリーサンゴリアス)の言葉が、偽りのない、このゲームの負の側面を物語っている。
「ディフェンスのコネクション(連繋)では、自分たちの中でのコミュニケーションが上手くいってなかった。そこを突かれるシーンがあったので、残り1週間で取り組んでいきたい。自分自身が前を見て得た情報をしっかりと判断して、1人ひとりがディフェンスするようなところのクオリティーを、イングランド戦ではさらに上げていきたい」
下川が指摘する連繋の悪さは、試合開始8分の相手の先制トライまでの防御の不安定さに表れている。ウルグアイのハイパントへの反応や、落下地点周辺にいた選手間のコミュニケーションが不十分で相手にボールを確保されたのを起点に、モメンタム(攻撃の勢い)を作られるとLOワーナー、WTBナイカブラという、既にコアメンバーとなっている選手が相次いでタックルを外されてインゴールを明け渡している。
後半折り返し間際にも、スコアチャンスだった敵陣22m付近のラインアウト失敗によるウルグアイのスクラムから、3回の防御突破で自陣22m内まで一気に攻め込まれる脆さを見せている。相手の不用意なキックで失点こそ免れたが、セットプレーから防御を破られ、陣形が定まらないアンストラクチャーな状況での組織防御の弱さは、世界トップ10圏内のクオリティーには到底及ばない。
会見で言葉を続けた下川の「タフな時間帯を作ってしまった要因は、FWではセットプレーから相手にモメンタムを与えてしまったシーンが幾つかあったこと。イングランド戦へ向けては自分たちの強み、相手の強みをしっかりと分析して、どう戦っていくかを詰めていきたい。自分たちがコントロール出来る反則のところも、ウルグアイ戦の前半にいくつか課題があったので見直さないといけない」という指摘が、最終戦へ向けた金言になりそうだ。先制失点の一因にもなった相手キックに対する反応、連繋の悪さは、前半12分のハイパント処理ミスや、20分のPGに繋げられた防御ライン裏へのショートパント、そしてアクシデンタルな不運さもあったが、前半終了直前のSH齋藤がシンビンになったキックボールへの防御の不備でも顕著な課題だ。これらのキックへの対応の拙さから2PGを許したことは、次戦で戦うイングランドもしっかりと見届けているはずだ。
最後に1人の選手について触れておきたい。SOで初先発した松永のパフォーマンスについてだ。試合後からファンレベル、ラグビー関係者らとのやり取りでは、4度のコンバージョンを外したプレースキックへの厳しい指摘は少なくなかった。確かに、日本が上位国に勝つためには、相手に喰らいつくような試合展開が不可欠になる。国内では容易に決めている角度、距離からもコンバージョンは1度も決まられなかったことは、キッカーを務める選手にとっては大きな失点だ。
だが、このゲームで代表初先発の司令塔が見せた、敵防御のギャップを思い切って突いたランは、キックの不出来を認めながらも特筆するべきものだった。怪我で代表を離脱した、同じ天理大の先輩、立川理道(クボタスピアーズ船橋・東京ベイ)が精度の高いパスでラインを動かしたのに対して、松永はアグレッシブに仕掛ける司令塔としてのキャラクターでインパクトを残した。
先にも触れた後半12分の逆転決勝トライに繋がる左サイドを突いたアタックや、終了直前のライリーのトライを生み出した自陣からの右サイド突破の独走など、好判断からの鮮やかなランを何度も見せていた。ゲーム、特にアタックをオーガナイズしていける司令塔の物足りなさが続く新生日本代表だが、代表3キャップ目ながら、明確な強みをテストラグビーで発揮できた才能こそ評価するべきだろう。
■シーズン最終戦のイングランド戦は再び試練の戦いに
ようやく勝利を手繰り寄せた日本代表だが、シーズン締めくくりとなるイングランドとの今季2度目の激突は、再び試練の戦いになる。今秋はニュージーランド、オーストラリア、南アフリカと3連敗。夏からのシーズン通算でも、6月の日本戦勝利以降は5連敗中と、辛辣なイングランドメディアの格好の餌食となっているが、ウルグアイ戦の日本代表同様に“世論”だけに流されてはいけない。全て強豪との5敗の中で、4試合が7点差までの惜敗で、残る1試合も世界王者南アフリカ相手に20-29のゲームを演じている。
イングランドを率いるスティーブ・ボーズウィックは、2015年までエディーの右腕として代表アシスタントコーチも務め、日本のラグビーを熟知している。セットの強さ、個々のフィジカルの激しさを武器に、スピードをサイズとパワーで封じ込めるラグビーを仕掛けてくるのは明らかだ。この、巨岩のような相手に、立川、坂手淳史(埼玉WK)、李承信(神戸S)ら刻々と実績組を怪我等で失い、FWの核に成長しつつあるワーナーをレッドカードで欠くことになる苦境のチームが、どこまでウルグアイ戦で見せた「点」から「線」になりつつあるジャパン流のスタイルを貫くことが出来るか。
2か月ぶりの勝利がチームにもたらした収穫を確かめる、シーズン最後の80分が近づいている。(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)
吉田 宏
サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。ラグビーW杯は1999、2003、07、11、15、19、23年と7大会連続で取材。
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