肌が青白く、潤いがない他校の女子「衝撃だった」 違和感から変わった陸上・田中希実の食事管理
THE ANSWER / 2024年12月16日 7時33分
■陸上・田中希実に聞く食と栄養「食事は楽しむもの」
食事はネガティブなものじゃない、楽しむものだ。陸上女子中長距離の田中希実(New Balance)が「THE ANSWER」の単独インタビューに応じ、食事への向き合い方を明かした。厳しい体重管理がイメージされるアスリートの世界。行き過ぎた管理で心と体に支障をきたす選手も少なくない。
一方、田中は「食」を心から楽しんでいる。複数種目で日本記録を持つ最速ランナーの折り合いの付け方とは。小学生時代から現在までの経験を踏まえながら、自発的に栄養への理解を深めることの大切さを説き、部活生と親、指導者にアドバイスを送った。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)
◇ ◇ ◇
アルプスの少女ハイジは、美味しそうなチーズパンにかじりついた。ヤギのミルクと一緒に。
小説の世界に食欲をかき立てられた少女は、給食のパンを見て笑う。同じのだ、おいしいな。ちょっとずつ「食」への興味が湧いていった。
25歳になった田中が紐解いてくれたおぼろげな記憶。瓶牛乳も好きになった。半年に1回くらい、小学校の宿題で出たのが塗り絵。摂った食材に合わせ、赤、黄、緑の色をつけていく。バランスの良い食事を続ければヒマワリが完成した。必要な食材の色を考える習慣がついた。
本格的に陸上を始めた中学では、「食べたいものをめっちゃ食べた」とレース前夜でもお構いなし。大きく意識が変わったのが高校時代だ。
毎朝体重を量り、練習日誌に書いて提出するのがルール。一方、食事は各自に任された。「その分、勝つためにはどうすべきか、自分で自然と考えるようになっていった」。自ら最適解を見つける作業。赤、黄、緑の他にタンパク質、炭水化物も。量とバランスを整えた。
5月のセイコーゴールデングランプリに出場した田中【写真:奥井隆史】
「私の中ではけっこう衝撃だった」と脳裏に残るシーンがある。他校との合同合宿。よその選手が揚げ物から衣だけを剥ぎ取っていた。油物は絶対NG、そんな思考からの行動。田中は違和感を覚えた。
「なんかハツラツさがない。肌が青白く、潤いがない感じ。10代の生き生きとした感じがしない。油物を避けて、食事を楽しもうと思っていないんじゃないか」
よく疲労骨折をする選手もいた。その子は中学時代から食事を抜くことが多かった。「成長期にしっかり食べることって大事なんだ」。摂りすぎに注意しつつ、好きな牛乳を飲み、揚げ物は衣の食感まで楽しみながら、全国区の選手に飛躍していった。
「油自体は悪いものではない。エネルギーとして重要だし、避けるとトレーニングに影響があるのでは?と思っていました。体のめぐりも悪くなって、意識して摂った他の栄養も吸収できなくなってしまう」
田中は栄養の知識が増えたことで食への意識、練習の質と量がアップした【写真:荒川祐史】
■「重いだけで怒られるんじゃないか」 心のコンディションに影響した田中の経験
指導者の行き過ぎた管理などが影響し、無月経、骨粗しょう症、摂食障害、さらには他の精神障害に発展してしまう選手も少なくない。本来なら健康体が代名詞のアスリートのはずなのに。「0.5~1キロ重くなるとバテやすい。なるべく軽くいたい」という田中も、少なからず心のコンディションに影響した時期があった。
「重かったらしんどいというのが刷り込まれているので、高校の時は『重いだけで怒られるんじゃないか』みたいな気持ちがありました。少し重いとその日は憂鬱になったり、イライラしやすくなったり。『ずっと食事をコントロールしないといけない』って。
ただ、今までの所属チームや関わってくれた人たちがいい意味で緩かった。高校も体重制限や管理はあったけど、そこまで日常的にうるさく言われたり、一日に何回も体重を量ったりするような文化はない。それが良かったと思います」
受験を控えた高校3年時、面接や論文対策で栄養について勉強した。同志社大スポーツ健康科学部に進み、スポーツ栄養学も受講。知識が増えたことで食への意識がさらに高まっていった。
「高校時代に太っちゃダメと思っていた時は、『油分はダメだから普段は我慢』という考えでした。でも、それぞれの栄養素の役割をしっかり理解し始めたら、『これを摂ることは悪いことじゃない』と思えます。良い部分も知っているからなのか、栄養素として機能している感覚がありました」
8月のパリ五輪5000メートル予選を走り、世界と戦う田中(一番右)【写真:Getty Images】
炭水化物はスタミナに、練習直後の食事は筋肉の回復に。意識するほど繊細な感覚を知れた。「そういう意識で食べるのも凄く大事ですし、意識するためにも知識が必要」。バテにくい、バテてもすぐに回復する。大切な練習が質、量ともにアップした。親や指導者、栄養士に言われたままに箸を動かす人よりも、自分で考えたから成長曲線が変わった。
「人に準備されていたら食事が義務になってしまいますが、自分で選んで食べていたら『このために』と意欲を持って食べられる。変なストレスにはならないです」
2021年東京五輪は1500メートルで日本人初の8位入賞。22年オレゴン世界陸上は異例の3種目に出場する鉄人ぶりを見せ、23年ブダペスト世界陸上は5000メートルでも8位入賞だった。世界に羽ばたいた今、5種目で日本記録を持つ。
そんなトップアスリートでも、体重コントロールの小さな失敗はたくさんしてきた。今も毎朝体重計に乗り、摂取量の目安にする。「なるべく軽く」と思っても過度な減量はしない。「体重が落ちないとストレスになるし、増えると憂鬱でバテやすくなる。嫌だけど、それが永遠に続くわけじゃないので、くよくよ考えすぎないように」。大事なのは体重計の数字ではなくパフォーマンスだ。
「食事は楽しむもの」と中高生にアドバイスを送る田中【写真:荒川祐史】
■中高生へ「人間としての“当たり前”を抑え込む方が不自然」
海外遠征では、ホテルのビュッフェでお腹も心も満たす。「どれにしようかな」と考える時間がとにかく楽しい。「ケニア合宿に来たからにはこれを食べないと」なんて笑いながら、チャパティとマンダジ(揚げパン)にかじりつく。
実はスイーツ好き、とりわけシュークリームが好物。食べすぎはよくない。油も、小麦も、卵も、品質に気を配っている。
「あえて我慢せずに練習後のご褒美に。チョコを1つ、アイスを1つとか。ご褒美を用意している方がモチベーションになる。『油だからいけない』ということではないです」
今は「食事は楽しむもの」と声を大にする。それが心の栄養になるのだ。
「美味しいお店がどこにあるのか調べることも含め、発見が増えます。それに付随して食べることがどんどん好きになったり、どこの土地に行っても何が美味しいのかなって調べるのが楽しくなったり。だから、海外遠征と食事がセットになり始めてから、食事はより好きになりましたね」
体重コントロールに過敏になってしまう中高生へ、アドバイスをくれた。
「小、中、高は成長期なので、体重が増えやすいのは仕方ないです。人間として普通に成長する過程で当たり前にあることを抑え込む方が不自然。それは将来的に良くないし、人として当たり前に楽しむという経験ができないのと一緒です。勝つために何かをやるのはとても大切ですが、勝つことが全てになってしまう。
勝てない時が続いたら何のために我慢していたのか、そもそも何のために競技をしているのか、生きている意味も問われてきてしまいます。それなら普通に走っている時間、食べている時間そのものを大事にした方がいいんじゃないかな。競技はストレスが多い。練習が嫌、うまくいかない、ストレスがかかるのがアスリート。その中でわずかでもリフレッシュできることを探す。
一日の中で必ず訪れる時間が食事です。日常に彩りを増やすし、世界も広がる。食事と文化は直結しているので、どこに行っても人生を楽しめます。それが私にとっての心の栄養です」
コーチの父・健智さんと二人三脚で世界と戦ってきた。選手を見守る親、指導者に対しても、そっと投げかける。
「選手目線では、やっぱりチクチク言われて管理されることがストレスになります。ある程度の競技力のある選手は意識していることが絶対にあるし、大なり小なり勝ちたいという気持ちはあります。それに即して何かしら行動をしているので、それは監督やコーチの物差しで測れるものではありません。
失敗したら失敗したでその選手にしかわからないこと、経験して初めてわかることがあります。将来がわかる指導者の目線だと、『こうなったらこうなる』という答えを持っている。だから、近道として失敗しないように囲い込みたくなる気持ちもわかります。まずは失敗しないようにすることが仕事だと思われるかもしれません。
でも、選手も自分で失敗しないとわからない。見守ることが一番大事。『相談があればいつでも受けてあげるよ』というスタンスだと嬉しいですね」
■田中 希実 / Nozomi Tanaka
1999年9月4日、兵庫・小野市生まれ。ランニングイベントの企画・運営をする父、市民ランナーの母に影響を受け、幼い頃から走ることが身近にある環境で育った。中学から本格的に陸上を始め、兵庫・西脇工高に進学。同志社大を経て、豊田自動織機へ。2023年4月からNew Balance所属となり、プロ転向した。東京五輪は1500メートルで日本人初の8位に入賞するなど、複数種目で日本記録を保持する。趣味は読書。好きな本のジャンルは児童文学。とりわけ現実世界に不思議が入り混じった「エブリデイ・マジック」が大好物。THE ANSWERにて自筆コラム「田中希実の考えごと」を連載中。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)
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