ラグビーW杯代表戦士が異色ビジネス挑戦 「おもしろレンタカーで…」通念にとらわれない奔放な発想
THE ANSWER / 2024年12月20日 10時34分
■ラグビー・山田章仁インタビュー後編 ピッチ内外で見せる変幻自在のステップ
ラグビーの「NTTリーグワン2024-25」開幕を前にした、39歳のWTB山田章仁(九州電力キューデンヴォルテクス)へのインタビュー。後編は、移籍3シーズン目のチーム、リーグワン、そして日本ラグビーについて話を聞いた。ビジネスでも新たな挑戦を進めるなど、ピッチ内外で山田らしい変幻自在のステップを見せる。(取材・文=吉田 宏)
◇ ◇ ◇
グローカルな視点を持って故郷・九州に戻って3シーズン目。挑戦の場となった九州KVを、山田は独自な視点で見つめている。
「いい形で運営されていると思います。日本が世界に示していく形としては一番価値があると思うんです。上位チームがプロ化を進めているのは、それはそれでいい。そしてグローバルな目線でみれば無くなっていくチームもあるかも知れない。でも、ここまで日本がやってきたスタイルじゃないですか。九州KVって。九州電力という企業の中で、ラグビーは今でもカンパニースポーツです。今はプロ契約選手も10人ほどいますが、社内でのチームの価値、そして選手たち自身の価値もしっかりあるんです。今は多くのチームがお金を使って外国人を入れていく中で、どのチームも同じようなラグビーをしている。そんな状況の中で、九州KVは従来の企業スポーツという枠組みの中で、組織として、チームとして強化に取り組んでいる。プレー面ではしっかりと体を張るとか、ラグビーの根底にある部分は譲らずやってきた。自分たちのやり方で皆が強くなろう、いい組織になろうとしているチームですね」
山田の話を聞きながら頷けるのは、発足4シーズン目のリーグワン周辺でプロ化、事業化という言葉が飛び交う中で、いまだに日本のラグビーの大きな基盤は名立たる企業が保有する企業スポーツとしてのラグビーチームだという現実だ。大学卒業後はプロラグビー選手として自分の道を切り開いてきた山田だが、その一方で2022年に発足したリーグワンは、御旗として掲げるプロ化という方向へは加速度を上げられていない。将来、1つの親会社だけに依存しないチーム運営を理想としてリーグが誕生したが、現実を見れば、明日企業スポーツという基盤が根こそぎ失われるようなことが起きれば、チームやリーグ自体の存続も危うくなるような構造はそう容易く改革できない。このような状況下で、山田は企業チームという形態の中で独自性を培ってきた九州KVというチームの存在価値を感じている。その背景には“ラグビー処”である地元・九州でのラグビー活性化という願いもある。
「日本代表の中でも九州出身の選手は多いでしょ。大袈裟に言うと、彼らが代表を支えている。九州で生まれ育ち、指導、教育を受けて切磋琢磨してきた。そういう選手が代表で活躍することを、皆うっすらとは感じているはずです。僕がこうして九州に戻ってきているので、そういう九州のラグビーの価値をどんどん話していこうかなと思うんです。美味しいレストランにはお客さんが集まるように、いいチームに人が集まる。強豪チームに行った方が代表になれたり海外に行けたりするかも知れないけれど、九州KVの中から日本代表選手も出て欲しい。代表を経験することで、それを還元してチームは飛躍的に成長出来るはずだし、このチームでも代表を目指せることを示したい」
そして山田の“帰還”は、九州のため、自分自身が育ったコミュニティーのためだけではない。家族のことを踏まえた判断でもある。山田は2015年にアメリカ出身でモデルのローラさんと結婚して、4児の親でもある。妻の家族が米国本土、そしてハワイに居住することもあり日米を往復するような生活も続けているが、九州KV移籍を期に長らく日本で暮らしてきた首都圏から家族全員で福岡へ移り住んでいる。
「すこし前に夏だけアメリカに行っていたんです。アイオワの(夫人の)実家に帰ったんです。トレーニングはどこでも出来るんですけど、子供にルーツを見て欲しかった。今、家族で九州に住んでいるのも、僕が生まれ育った町を感じて欲しかったから。上の2人は8歳になる。日本の教育は小学1年生から本格的かな? ボーダーレスに生きてもらいたいんですけど、ハワイの学校に通っていた時は向こうの良さもあったけれど、僕が学んできたことを一番シェア出来るのはこっちだから。学校教育だけみると日本は窮屈ですけれど、両方経験することで、そういった窮屈さも判るし、国境に関係なく実際にそこに行って良さ悪さを感じてもらいたい」
39歳の今もフィールドを走り続ける体づくりに余念がない【写真:吉田宏】
■現役選手ながら準備を進める福岡での事業立ち上げ
福岡での生活も3シーズン目を迎えようとしている中で、グローカルな視点も踏まえながら山田はピッチ外でも“ステップ”を切ろうとしている。
「セカンドキャリアという言葉はあまり好きじゃない。現役の間というベーシックインカムがきちんとある中で、色々やりたいなと思っています。例えばそこで失敗しても、選手として頑張ればいい。こういうことも、昔はラグビーに専念しろとかいろいろ言われましたけどね。でも、今の山田章仁が23歳なら、もっといろいろなことがやらせてもらえたと思うんです。出来なかったことがいっぱいある。今の日本のラグビーは、世界と比べるとちょっと窮屈ですけれど、多くの人たちが見出せる価値は滅茶苦茶沢山あると思います」
そんな環境の中で、山田が準備を進めるのが福岡での事業の立ち上げだ。
「福岡で『おもしろレンタカー』という会社のフランチャイズを考えています。この会社は、オープンカーのレンタカーをしている。普通の車でもいいけれど、オープンのマニュアル車を運転したいというニーズも、ニッチではあるけれど人気なんです。しかも海外からの旅行者もね」
おもしろレンタカーは、千葉・野田市に拠点を置く株式会社はなぐるまが運営するレンタカー事業で、東日本を中心に成長を続けている。オープンカーに特化したレンタカー事業というユニークな業態ではあるが、そこに山田自身が魅力を感じている。
「日本人にはあまり分からないんですよ。でも、性能のいい日本のマニュアル車で日本ならではのビル街を駆け抜けたりすることに価値がある。些細な事かも知れないけれど、他の国にはない魅力が詰まっている。そういうものを発信していきたいというのは、グローカルなことにも繋がっていると思うんです。ラグビー以外のところでも、そういう側面からチャレンジしていきたいんです」
西は近畿までしか事業展開していない「おもしろ―」社だが、インバウンド人気も含めて福岡での事業展開は十分に可能性があるというのが山田の構想だ。「準備は、車を揃えたら出来ますから」と本人は、直ぐにでも“キックオフ”を迎えたい鼻息だ。
このタイミングでのインタビューでは、やはり日本ラグビーについての山田の思いを聞きたかった。まず大枠としての日本ラグビーの現状について聞くと、開口一番、かなり手厳しい指摘をしている。
「よくないですね。日本の選手が海外に出て行ってないこともありますが、日本代表が今はそう強くない。どうやればラグビーの人気が出るのかを考えると、やはり日本代表が強くなることです。15年W杯の時に強くなって、今風のプロっぽい方向へと舵を切っています。それはそれでいい。でも、実際には弱くなった。それなら、別に過去に戻してもいいんじゃないか。今、いいフェーズに向かっているかというと、僕は向かっていないと思う」
第1次エディージャパン時代(2012-15年)に代表挑戦から2015年W杯出場を掴んだ山田だが、同世代の堀江翔太らと共にリスク覚悟で海外で経験を積み、チームはW杯での南アフリカ撃破やプール戦3勝という新たな歴史を築いてきた。そんな山田にとっては、昨秋のW杯のプール戦敗退や、若手起用に大きく舵を切ったとはいえ今季のテストマッチの苦闘ぶりと結果が伴わない現実には疑問を持つ。その疑問は、代表チーム自体の強化だけではなく、世界クラスの選手が大挙加入するリーグワンがどこまで代表強化に寄与したかという“効能”にも及んでいる。この秋の代表戦を観ての実感を聞くと、20秒ほどの沈黙の末にこう口を開いた。
「上手くいってないというよりは、普通なんじゃないかな。そもそもラグビーは自分たちよりも強いチームには勝てない。毎回南アフリカには勝てないですからね。メンバーについても、日本人の選手というのはどうでも良くて、日本の良さを持った選手が少ないですね。じゃあ何故少ないか。それはエディー(・ジョーンズ日本代表HC)のせいじゃなくて、フィールドにいないから選べない。じゃあ何故フィールドにいなくさせたのかということを考えて欲しいですね。今の時代、どこの出身でもいいんですよ。選手は。だた、日本の良さを持つ選手15人が集まったほうが日本としてまとまれる」
■日本ラグビーの進化に言及「例えばオールブラックスを15人呼べば…」
設立理由として日本代表強化も掲げて発足したリーグワンは、4シーズン目を迎えようとしている。リーグおよび協会関係者は挙って、来日する数多くの世界トップクラスの選手たちが日本ラグビーの進化を牽引すると声高に語っている。その主張に嘘偽りはないだろう。だが、マイナスに成り得る側面をどこまでしっかりと検証、認識しながらリーグを進めているのだろうか。山田の指摘は、リーグがいま孕んでいるグレーゾーンの領域に踏み込んでいるように思える。客観的に検証するべき課題だろう。そして、山田の思いはリーグに参入するチームの在り方についても及んでいる。日本代表、そして日本ラグビーの進化については、こう締め括った。
「例えばオールブラックスを15人呼んでくれば、そりゃリーグワンで優勝しますよ。でも、そうしたら日本代表は誰が出るんですかという極端な話になるんです」
慶應義塾大に入学してから本格的な取材が始まり、その付き合いは20年にもなる。大学入学当時は、試合前にパスタを作ってくれたガールフレンドのことを嬉々として話していたおおらかな少年も、挫折と克服を繰り返す中で、社会の中、チームの中でバランスを取る術も身に着けてきた。その一方で、その楽天的で、通念に捕らわれない自由奔放な発想は、18歳の時と同じだ。ディビジョン2とはいえ39歳で迎える国内最強リーグでの挑戦に迷いはない。今回のインタビュー、そして変わらぬプレーから読み取れる言動は、ラグビーの本質を見事に捉えたフランス代表FLジャン・ピエール・リーヴの金言とオーバーラップする。
「ラグビーは少年を大人にし、大人を再び少年にする」(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)
吉田 宏
サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。ラグビーW杯は1999、2003、07、11、15、19、23年と7大会連続で取材。
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