茶髪、ピアス、原付バイク…箱根常連校で「全部禁止」と言った翌日に起きたこと 部活の強化とルールの関係
THE ANSWER / 2024年12月29日 17時4分
■「箱根駅伝監督、令和の指導論」 法大・坪田智夫監督/第2回
第101回東京箱根間往復大学駅伝(箱根駅伝)が1月2、3日に行われる。「THE ANSWER」は令和を迎えた正月の風物詩を戦う各校の指導者に注目。3年連続シード権を獲得し、安定感を発揮している法政大には、かつて選手の派手な茶髪やサングラスで強豪校にのし上がり、注目された時代があった。しかし、2013年4月にOBである坪田智夫監督が就任後に様変わり。今回は駅伝における学業と競技のバランス、そしてチーム強化におけるルール作りについて考える。(全4回の第2回、聞き手=佐藤 俊)
◇ ◇ ◇
――学業と陸上のバランスをどうとらえていますか。
「スカウティングの段階で、高校の先生が『この子は性格は大丈夫だけど、勉強はもうひとつ』というと、私は足踏みします。陸上をしている今の子たちは、勉強をする癖がついていないですし、大学は陸上だけやっていればいいみたいな感じです。大学の部活動である限り、学業があっての陸上なので、それを履き違えて陸上だけという風になるのは違います。私も決して勉強ができるタイプではなかったですけど、必死にやりました。できないのはしょうがないけど、やらないのとは違う。勉強をする癖がない子は、陸上で自分で考える癖もつかないので成長するのが難しいと思います」
――勉強をする癖、習慣がないと陸上もうまくいかない。
「学業を疎かにするのは、手を抜く癖だと思うんです。私が学生たちを自分の目で見て、指導できるのは、1日のうち4、5時間です。残りの時間は、正直なところ何をしているのか、分からない。勉強をする癖がない子は食事や睡眠でも手を抜くと思うので、『勉強が』と先生やその子が言った時点で、私はちょっと引いてしまいます」
法政大が注目を浴びたのは、選手の奇抜なヘアスタイルの時だった。オレンジ軍団と称され、法政大の活躍に世間が沸き立った。
――かつて法政大と言えば、茶髪で速いというイメージでした。
「徳本(一善)と私が2年の時、茶髪で箱根に出た時ですね(苦笑)。徳本が1区を走って区間賞を獲り、私も2区で区間賞を獲りました。サングラスも当時、誰もつけていなくて、茶髪の徳本がすごい勢いで1区を駆けたので、みなさん、法政と言えば、そのイメージが強かったと思います」
――しばらくその路線がつづきました。
「徳本が強烈なインパクトを残した時から数年間、法政大はけっこう明るいイメージでしたし、駅伝でも結果を出していたんです。でも、徐々に変なところだけ残っていってしまって、結果を出さなくても茶髪にしてもいいみたいなのが10年以上続きました。私がコーチに就任した2010年は、まだ入寮前の高校生が茶髪にしてピアスしてグラウンドに立っていたんです。それはさすがに違うだろって思って、その時から一切禁止にしました」
――学生から反発はなかったのですか。
「茶髪、ピアス、原付バイクも全部禁止と言った翌日、誰も何も言ってこなかったです。逆に寂しいなぁと思いましたけど、彼らはそんなにこだわりがなかったのです。たぶん、法政に入ったら茶髪できるみたいな雰囲気だったんだと思いますね。こだわりがなく、流される。だから、弱くなっていったんだと思います」
――最低限のルール作りは、強いチームを作るための布石になるのでしょうか。
「箱根に出ているから何でもあり、ではなく、陸上部ってちゃんとやっている、きちんとしていると言われるのが応援されるチームだと思いますし、強いチームだと思うんです。縛ればいいということではないですが、競技に集中して結果を出すためにその時は一定のルールが必要でした」
坪田監督が考える「監督の評価」とは【写真:中戸川知世】
■坪田監督が考える「監督の評価」
強化という点においては、どこの大学も駅伝シーズンを見据えて夏合宿が大きなポイントになっている。坪田監督は、ずっとハードで激しい練習というよりも徐々に練習の質量を上げていくやり方で夏を乗り越えている。
――法政の夏合宿は、どのように強化を進めているのですか。
「うちは、段階を踏んで徐々に質量ともに上げていく感じです。8月上旬の1回目の合宿は、のんびりやっていて他大学の練習を見ると不安になるぐらいですが、とにかく故障せずに夏を過ごすのがテーマとしてあるので、無理はしないです。2年前までは選抜で合宿をしていて全体合宿をしてこなかったんですが、昨年初めてやったんです。みんな揃うと空気が良くなるのを感じたので、全体をやって選抜になり、最後にA選抜の選手だけでの合宿という形にしています。ただ、今年は最後の菅平合宿、10日間のうち5日間は、みんな集めてやったんですけど、食事や練習の雰囲気が良くて、一体感が生まれた感じになり、非常に良かったですね」
――夏合宿の流れは、監督自身の経験から作り上げていったのですか。
「ずいぶん前になりますが、東洋大の酒井監督に夏の流れをアドバイスいただいたのが大きいです。私は学生時代、身体が強い方でしたので夏合宿は毎日、90%ぐらいの練習をしても細かい怪我はありましたが、調子がぜんぜん落ちなかったんです。その流れで法政でもやっていたのですが、秋になっても選手のパフォーマンスが上がってきませんでした。ある時、酒井監督と話をしたら『夏合宿は流れが大事だよ』と言われて、東洋大の夏合宿に参加させていただきました。服部弾馬君とか大学のスター選手が揃っている中で、どれだけ強度の高い練習をしているのかなと思ったのですが、実際に見てみるとうちでもできるぐらいの練習だったんです。段階を踏んで徐々に上げていくやり方を私も踏襲させていただいたところ、うまく流れたので、今も継続しています」
――監督の評価については、どう考えていますか。
「結果は大事ですし、それが評価の一つになるとも思いますが、それだけではないと思います。私は、目に見えない評価、表に出て来ない評価も大事だなと思っています。高校時代、野球部だった子が大学から陸上を始めて、すごく頑張って4年の時に箱根のエントリーメンバーに入ったんです。結局、彼は箱根を走れなかったんですが、慰労会でお母さんが来られた時、箱根を走らせることができなくてすいませんと謝ったら『4年間、続けさせてもらい、16人のメンバーに入れてもらえただけでもありがたかった』と喜んでくれたんです。法政に行って良かったと思ってもらえること、そういう表に出ない評価も私たち指導者の評価のひとつになるんじゃないかなと思います」
(第3回へ続く)
■坪田 智夫 / Tomoo Tsubota
1977年6月16日生まれ。兵庫県出身。神戸甲北高(兵庫)を経て、法大では76回(2000年)箱根駅伝で2区区間賞など活躍。卒業後は実業団の強豪・コニカミノルタで2002年全日本実業団ハーフマラソン優勝、日本選手権1万m優勝。同年の釜山アジア大会1万m7位、2003年のパリ世界陸上1万m18位など国際舞台でも活躍した。ニューイヤー駅伝は計5度の区間賞。引退後の2012年4月から法大陸上部長距離コーチに就任。2013年4月から同駅伝監督に就任し、箱根駅伝は今回で10年連続出場となる。(佐藤 俊 / Shun Sato)
佐藤 俊
1963年生まれ。青山学院大学経営学部を卒業後、出版社勤務を経て1993年にフリーランスとして独立。W杯や五輪を現地取材するなどサッカーを中心に追いながら、『箱根0区を駆ける者たち』(幻冬舎)など大学駅伝をはじめとした陸上競技や卓球、伝統芸能まで幅広く執筆する。2019年からは自ら本格的にマラソンを始め、記録更新を追い求めている。
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