大学駅伝スカウト、持ちタイムだけで測れない高校生の素質 箱根シード校・法大の場合は「攻め」「目的と意図」
THE ANSWER / 2024年12月30日 17時3分
■「箱根駅伝監督、令和の指導論」 法大・坪田智夫監督/第3回
第101回東京箱根間往復大学駅伝(箱根駅伝)が1月2、3日に行われる。「THE ANSWER」は令和を迎えた正月の風物詩を戦う各校の指導者に注目。3年連続シード権を獲得し、安定した成績に導いているのが法政大・坪田智夫監督だ。チーム強化において重要なファクターとなるスカウティングはどんな戦略で挑んでいるのか。最重要とされるのは選手の持ちタイムだが、それ以外で坪田監督が大切にするポイントがあるという。(全4回の第3回、聞き手=佐藤 俊)
◇ ◇ ◇
――スカウティングの際、今の高校生に望むことは、どんなことでしょうか。
「うちは、スカウト担当がいないので非常に苦労しています(苦笑)。高校生は、先生に言われたからとか、最初に声を掛けられたからとかで決めるケースがわりと多いですが、私は自分が4年間でどこでなら本当に成長できるのかというのを考えることがすごく大事だと思っています。箱根を走る強いチームに行っても自分が成長出来なければ幸せな大学4年間にはならないですから」
――成長できる環境とはどういうものなのでしょうか。
「箱根が強い学校には当然、強い選手が集まるわけです。高校時代はわりと自分中心にやっていても大学ではいろんな人に揉まれて、うまく人もいれば、苦しむ人もいる。強い大学に行ったからといって強い選手になれるわけではないんです。でも、うちは強い選手が揃っているわけではないので、自分のやりたいように融通が利くというか、馴染みやすい環境なんじゃないかなと思っています。そういう環境こそ、成長する上で不可欠だと思うので、そこは冷静に見て、判断してほしいと思います」
――法政大に合う選手、合わない選手というのはあるのでしょうか。
「タイプ的にはあると思います。例えば坂東(悠汰・富士通)は、陸上部は強い選手が一人しかいない高校の出身で自分で考えて陸上をしていました。青木(涼真・HONDA)も春日部高校という進学校で普段から一人で考えて練習をしていました。普段から単独で練習をしていると自分で考える癖がついているので、私のフィーリングと合うのかなと思いますし、チームにも順応しやすいです。そういう一匹狼的な選手も必要ですし、チームをまとめて駅伝に向かう雰囲気の作り方を理解している選手も必要で、両者がうまくかみ合えば結果が出ると私は思っています」
坪田監督は粗削りの選手にも魅力を感じるという【写真:中戸川知世】
■魅力を感じるのは攻める選手「中高生はガンガン行って最後に潰れてもいい」
スカウティングで重視されるのは選手の持ちタイムだ。それが陸上における最大の価値基準になる。もちろんそれだけではないところに目をつけるところもある。坪田監督は、選手のどういうところを見て、判断しているのだろうか。
――スカウティングでは、選手のどんなところを見ていますか。
「レースで集団のうしろについて、最後だけピッと前に出て勝つみたいな選手がいますが、それも大事ですけど、そういうタイプは私はあまり好きじゃないですね。負けてもいいからレースでどんどん前で行く選手は、ちょっとおもしろいなって見てしまいます。中高生は、行けるところまでガンガン行って最後に潰れてもいいと思うんです。それは私自身もそういうタイプだったのかもしれないんですが、やはり攻める選手には魅力を感じます」
――粗削りな選手がおもしろいということでしょうか。
「そうですね。ちょうど、私が法政のコーチになった頃、興味がある選手がいたので関東のインターハイの地区大会を見に行ったんです。高校の先生に挨拶に行って、『走りを見せてください』と言うと『走りを見られると厳しいですよ』と言われたんです。なぜかなって思って、その選手をずっと見ていたんです。スタートする前、アップで流しをしていたのですが、(フォームが)まるでロボットみたいで、これは厳しいなとさすがに思いました。でも、レースになると前に出て集団を引っ張るんです。これじゃ負けてしまうのに、どうしてこんなことをするんだろうって思って見ていました。最後は抜かれてインターハイに出れなかったのですが、走りっぷりがいいなと思って、うちに来てもらったんです」
――その選手は法政大で走れたのですか。
「関口(頌悟)は、学生ハーフでも5、6番に入り、箱根では5区で区間2位を獲るなど、うちで活躍してくれました。私のやり方にもわりとスムーズに順応できたので、すごく印象深い選手でした」
レースで求めるのは「目的と意図を持った参加」と坪田監督は語る【写真:中戸川知世】
■レースで求めるのは「目的と意図を持った参加」
坪田監督は、何でもかんでも無鉄砲に前に出ていけばいいということではないという。レースでは常に目的を持ち、そのためにどんな走りをするのか考えて走ることが大事で、何も考えずにただ前に出ていくことを繰り返しては成長は望めないという。
――レースでは、どういうところに視点を置いて見ていますか。
「最後、負けても気持ちが入ったレースを見せてくれる選手は好きです。スピードがあっても無謀に前に出て、なんでそんなことをするんだろうという選手っているじゃないですか。私は、選手に『目的と意図を持ってレースに参加しなさい』と言っていますが、それが見えない選手はあまり好きじゃないですね」
――大学のブランドは、スカウティングに影響しますか。
「ブランドがひとつ優位になるのは、間違いなくあると思います。強くて、いい大学が理想ですよ。ただ、私はスカウティングの際、最後に必ず話をすることがあります」
――どんな話をされるのですか。
「高校生には、『うちは自分で考え、しっかりと自分の軸を持ってやらないと厳しいよ。練習についてもABCDに分かれているわけではないので、BからAへとかシステマティック上に行くやり方を選ぶのならうちじゃない。自分で考えて、練習を組み立てていくのは最初苦労するけど、それでもやってみたいと思うのであれば、うちに来て欲しい』と最後に言います。その結果、高校の先生に言って断ってくる子と興味がありますという子のふたつに明確に分かれます」
――今は、SNSで高校生同士が情報を交換し合い、進学先を考えるというのも聞いています。SNSはスカウティングにおいて影響していると思いますか。
「そんなに影響はないと思います。ただ、流れみたいなものは気にしているようですね。よく面談すると、『どういう選手が入るんですか』って聞かれます。それを聞かれると、私はすごく違和感を覚えます。強い選手が入るからといって強くなれるわけではないし、やるのは自分でしょってことなんですけど、人のことが気になるようですね。スーパースターが入ってもチームとして上がってこないところがあるので、そこは『あまり気にしない方がいいよ』と高校生に伝えます」
――そこまで明確に話をするのには理由があるのですか。
「やっぱり大学4年間を有意義に過ごしてほしいですし、陸上をやり切った、うちに来て良かったと思って卒業してほしいからです。法政大というブランドはあるのかもしれないですけど、そこだけに魅かれて来てもやり方や環境が合わないとその子の幸せにはならないですからね」
(第4回へ続く)
■坪田 智夫 / Tomoo Tsubota
1977年6月16日生まれ。兵庫県出身。神戸甲北高(兵庫)を経て、法大では76回(2000年)箱根駅伝で2区区間賞など活躍。卒業後は実業団の強豪・コニカミノルタで2002年全日本実業団ハーフマラソン優勝、日本選手権1万m優勝。同年の釜山アジア大会1万m7位、2003年のパリ世界陸上1万m18位など国際舞台でも活躍した。ニューイヤー駅伝は計5度の区間賞。引退後の2012年4月から法大陸上部長距離コーチに就任。2013年4月から同駅伝監督に就任し、箱根駅伝は今回で10年連続出場となる。(佐藤 俊 / Shun Sato)
佐藤 俊
1963年生まれ。青山学院大学経営学部を卒業後、出版社勤務を経て1993年にフリーランスとして独立。W杯や五輪を現地取材するなどサッカーを中心に追いながら、『箱根0区を駆ける者たち』(幻冬舎)など大学駅伝をはじめとした陸上競技や卓球、伝統芸能まで幅広く執筆する。2019年からは自ら本格的にマラソンを始め、記録更新を追い求めている。
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