箱根駅伝で台頭、沖縄県にさらなる後押し 高校野球で一躍脚光の私学「エナジック」が“駅伝部”新設
THE ANSWER / 2025年1月2日 7時14分
■「北山ドリル」の考案で厚底シューズに適応
沖縄の亜熱帯気候に適したトレーニング方法を模索し、名護高校の陸上女子駅伝部で結果を残した大城昭子さん。2014年に自身の母校である北山高校に赴任すると、男子の指導も始めた。そして2019年、後に沖縄の男子駅伝の歴史を塗り替えることになる上原琉翔や嘉数純平ら“黄金世代”が入学してきた。(前後編の後編、「箱根駅伝に異変 “長距離不毛の地”沖縄ランナーが躍進、環境不利な南国で何が…変革を牽引した2人の存在」から続く、取材・文=長嶺 真輝)
◇ ◇ ◇
この頃に大城さんが練習に取り入れ始めていたのが、短距離選手がスピードを上げるために行うスプリントドリルである。
肩甲骨と股関節を連動させたウォーキングや、お尻を中心とした体の背面や体幹を鍛えるダイナマックス、ピッチを上げるハードルトレーニングなど約15種類。短距離の強豪校の取り組みに独自のメニューを組み合わせ、オリジナルの「北山ドリル」を考案した。大城さん自身が短距離出身だったこともあり、もともと備えていた動作分析の慧眼も生かされた。
しかし上原たちが2年生になった2020年、コロナ禍に入る。大会が中止になったり、練習時間が抑制されたりした。全国でも戦える感触があっただけにショックは大きかったが、下を向いている暇はない。この期間を利用し、効率的にスピードを出せる理想的なフォームを追究するためにドリルの改良を重ねた。
テーマに掲げたのは、長距離界で急速に台頭してきていた高反発の厚底シューズを使いこなすことだった。
「名護高校で行った練習メニューに北山ドリルを組み合わせ、走る技術の改良を進めました。理想は、体の真下で、足裏の前半分で地面に接地するフォームです。力み感がなく、それでもぐいぐい前に進んでいくようなイメージ。これを実現するためには体幹の強さや体の使い方の上手さが必要ですが、ドリルの成果でほぼ完成に近いフォームができてきました。厚底シューズは反発が強い反面、怪我のリスクも高いシューズでしたが、40分かかる北山ドリルと体幹トレーニングを1日に2回ずつ徹底して行った上で取り入れたため、飛躍的にタイムが伸びました」
5000mの沖縄県記録は2017年時点で14分31秒68だったが、上原たちが3年生となった2021年には、北山高校だけで5人が14分30秒を切った。中でも上原は、この年の春に日体大であった競技会で13分56秒84をマークし、沖縄の高校生として初めて「一流の証」とも称される13分台に突入した。
結果、2021年末の全国高校駅伝で沖縄男子の史上最高順位となる27位に入った北山高校。ただ、大城さんは「私は20位切りを狙っていたんです」と明かす。約1か月前の練習中に上原が右足首を痛め、エース区間の1区で目標だった10位以内を大きく下回る26位。それに加え、大会当日の慣れない寒波も結果に大きく響いた。大城さんは苦笑いを浮かべて「なかなかうまくいかないものですよね」と当時を振り返るが、達成感もにじませた。
「確かに沖縄は気候条件として不利な面はあります。でも、それを言い訳にしていたら、いつまで経っても変わることはできません。その中で工夫をすればいい。雪国だって強いチームはいるんだから。それを証明してくれました」
北山高校を卒業後、國學院大学で活躍する上原琉翔(左)と恩師の大城さん【写真:大城昭子さん提供】
■「エナジック」でさらなる高みへ 継続性担保に指導者も育成
沖縄の歴史を塗り替えたメンバーで中心を担った上原と嘉数は、大学駅伝の新興勢力として台頭してきた國學院大学へ。上原は1年時から毎年箱根駅伝に出走し、昨年10月の出雲駅伝では5区で区間賞を獲得。大学三大駅伝で沖縄出身ランナーが区間賞に輝くのは初という快挙だった。翌月の全日本大学駅伝では1区を嘉数がトップと2秒差の2位で繋ぎ、アンカーの8区では、2位でタスキを受けた上原が青山学院大学を逆転して優勝テープを切った。
今回の箱根駅伝には専修大学2年の具志堅一斗(コザ高校出身)や順天堂大学1年の池間凛斗(東風平中学校―小林高校出身)など異なる世代の選手もエントリーし、メディアで「沖縄出身ランナー」という括りで取り上げられることも増えてきた。沖縄は日本テレビ系列のチャンネルがないため、箱根駅伝の地上波放送はないが、上原を中心に注目を集め始めたことで、下の世代にとって目指すべき舞台になってきた感もある。
ただ、濱崎さんは常々「一瞬たりとも油断はできない」と危機感を口にする。自身が大学生だった頃も、数年で5人ほどの沖縄出身箱根ランナーが誕生したが、その前後には5年、10年という長い空白期間があった。
継続的に全国レベルのランナーを育成するため、新たな取り組みが始まろうとしている。その舞台は、高校野球で一躍注目を集める私立のエナジックスポーツ高等学院である。現在は野球部とゴルフ部のみだが、昨年から全日制となり、今年4月に駅伝部が新設されるのだ。
エナジックスポーツは2021年4月に名護市で開校したばかり。ノーサイン野球を武器とした野球部が創部3年目にして昨秋の九州大会で準優勝を飾り、今年のセンバツ出場をほぼ確実にしている。さらに10月のプロ野球ドラフト会議でも1期生の龍山暖捕手が西武から6位で支配下指名を受けた。
名護市立久志小学校跡地を活用し、2021年に開校したエナジックスポーツ高等学院【写真:長嶺真輝】
駅伝部が走り出すことになったきっかけは、学校の副学院長を兼任する野球部の神谷嘉宗監督が、指導者としての大城さんの手腕を評価して声を掛けたことだった。
「仙台育英や青森山田のように、県外の私立高校で野球が強いところは駅伝も強い学校が多いということで、神谷先生から『エナジックスポーツに駅伝部を作りたいから、先生来てくれませんか?』と誘いを受けました。異なる競技で強豪となり、沖縄を盛り上げたいという思いがあったようです。私は北山高校を最後に公立高校の教員を退職しましたが、駅伝でさらに上を目指していきたいという気持ちがあったので、依頼を受けることにしました」
沖縄の公立高校の人事制度は他府県に比べて異動のサイクルが早く、同じ学校で指導できるのは最長でも10年、平均で5~7年だという。いくら結果を残したとしても、終盤になると進路を選択する中学生側にも指導者の異動がチラつき始め、リクルートが難しくなる現実がある。新たに赴任した先でも、再び一からの育成になる。大城さんも、その繰り返しだった。
それこそ「伝統校」と呼ばれるまでに強さを持続するためには、10年、20年という長いスパンが必要になる。私立であれば、その継続性は担保される。
さらにエナジックスポーツは栄養士が食事メニューを管理して体づくりをサポートする寮が完備され、周辺にはエナジックが運営するゴルフ場や練習で利用できるグラウンドなど走れる場所も多い。競技こそ違えど、選手の育成環境として優れていることは、野球部の実績も証左の一つだろう。資格取得の後押しや英語の授業など学業面のカリキュラムが充実していることも、人間形成を重視する大城さんが新たなステージに進むことを後押しした。
外部指導者のプレーイングコーチとして、濱崎さんも参画する予定だ。大城さんから誘いを受けた時は即決したという。
「昭子先生は北山高校を退職した後もどこかで指導を続けると思っていましたが、次の職場がエナジックスポーツと聞いた時は『ここしかない』と思いましたね。コーチとしてだけでなく、なんじぃACというクラブチームとしても貢献できると思っています。県外ではクラブチームと強豪校が連携し、長期で選手を育てる仕組みが定着しています。私立だと柔軟性と継続性を持って育成ができるので、沖縄でもそういった流れを構築し、長い視点で強さを維持できるようにしたいです」
北山高校を沖縄初の全国20位台に導いた大城さんは「エナジックスポーツでは最低でも10位台、さらに将来的には10位を切れたら最高ですね」と想像を膨らませ、笑みを浮かべる。春から始まる新たなチャレンジに向け、現在は選手集めに奔走中だ。
「公立の限られた年数では選手を育てて大学に送るので精一杯でしたが、エナジックスポーツでは指導者も育成していきたい。濱崎さんがやってきたように、上原のような選手が大学、実業団で活躍し、沖縄に戻った時に後進を育てる環境をつくっていきます」とも言う。
“不毛の地”で新境地を切り開いてきた名伯楽は、これからも一線に立ち続け、「沖縄を変える」という熱量たっぷりのタスキを繋いでいく。(長嶺 真輝 / Maki Nagamine)
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