子供がボクシングにハマった母親たちの本音「凄く怖いが…」 井上尚弥杯で聞いた「真逆」の魅力
THE ANSWER / 2025年1月13日 5時43分
■第1回井上尚弥杯
アマチュアボクシングの第1回井上尚弥杯ジュニア・チャンピオンズリーグ国際親善大会が12日、東京・後楽園ホールで行われた。次世代のジュニアボクサー育成が目的で初開催され、日本、韓国、中国の選手たち130人が参加。65試合で勝って歓喜あり、負けて涙ありの一日となった。
危険なイメージが強く、特に母親には我が子が取り組むことに抵抗感を持たれがちなボクシング。この日の会場では実際に母親が抱くリアルな心境、子どもがボクシングによって成長したこと、親の願いなどの本音を聞いた。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)
◇ ◇ ◇
リングの中はもちろん、外にも熱い空気が流れていた。小学3年から18歳までの選手たちが参加。ジム会長、トレーナーの他にも全国から親子で来場した選手が多かった。熱心に声援を送るお母さんもいれば、スマホで撮影しつつスタンディングダウンを奪われて目を背ける人も。息子が逆転のダウンを奪い、ハラハラドキドキで思わず涙を流すママもいた。
何人かのお母さんたちに話を聞いた。
U-12男子27.5キロ級で判定勝ちした辻野史翔(あやと)くん(三迫・小5)は、健康目的でジムに通う父の影響でボクシングに興味を持った。赤ちゃんの頃からミットなどで遊び、小1からジムで本格的にスタート。お母さんは「正直危ないし、心配だし、あまり賛成ではなかったんです」と明かす。しかし、ルールが整備され、安全管理が徹底されていることを知り、徐々に考えが変わったという。
「もともとボクシングは凄く怖いイメージでした。でも、本人が本気でやろうとしているし、ジムに通うことによってしっかり安全にやる方法を学んでくるので、逆に安心してできるのかなって。思っていたものとは違いましたね。ボクシングは喧嘩と違ってスポーツ。礼儀や挨拶もしっかりしてほしいし、そこはもうジムで学んできていますね。
ボクシングを始めてから(息子が)凄く変わってきています。危なかったり、喧嘩に繋がったり、そういうイメージがあると思うんですけど、本当に全くの真逆。強いからこそ、そういうことはしない。あと、自分の他の好きなことを凄く調べるようになりました。ボクシングの動画を見ているので、じゃあ今度は他の好きなことを動画で研究したり。全て繋がっているのかなと思います。
とは言っても、やっぱり心配です(笑)。でも、毎日練習しているのを一番近くで見ているので、できるだけサポートをしたい。食事、生活面は私ができます。栄養の勉強もこれからしたいなと思っています」
白熱した試合を展開するキッズ選手たち【写真:浜田洋平】
■ある母親は「心臓が飛び出るくらいドキドキ」 感じた息子の成長
U-12男子40キロ級で判定勝ちした岩下鳳真くん(折尾・小6)は、5歳頃に「ボクシングをやりたい」と言い出したという。「何かを見せたわけではなく、いきなりです」とお母さんは驚いた。
「母親的にはあまりやらせたくはなくて、いろいろなものを体験に行かせました。剣道、空手とか他にも。でも、結局はハマらず、小2の時にジムに体験に行って『絶対にこれがいい』と。殴るのはアレなのでやらせたくはなかったんですけど、やっぱり本人の意思が大事なのでさせました」
プロに比べてダメージは少ないが、試合は心配が尽きない。「もう毎回です! 心臓が飛び出るぐらいドキドキします。今日もドキドキで……。私はパンチが当たっているのか、いないのかもわからないので、ひたすらドキドキで見守るだけです」。だが、実際にボクシングに打ちこみ、体も心も強くなったことを実感するという。
「礼儀正しくもなりましたし、自分に自信がついている気がします。個人競技で自分との闘い。体重管理もある中、自分に負けずに物事の目標をしっかり立てていけるようになったかなと感じています。ボクシングだけですが(笑)。
個人競技ですが、周りに支えられてリングに立てますよね。周りの人や環境、そういった今の自分に置かれているものの一つひとつに感謝できるような、『自分一人じゃないんだよ』ということが理解できるような大人になってほしいなと思います」
兄弟で出場した選手もいた。大阪谷空斗くん(中2)と弟の修斗くん(ともにABCジム・小4)。健康目的でジムに通う母親についていったのが、ボクシングとの出会いだった。一度やってみると「また次も行く」と熱中した。お母さんは試合を見守り「ドキドキするけど、何回か試合を重ねることでそこまでの心配はなくなりました。子どもなので、まだそんなに力は強くないですし」と笑顔だった。
「少しは自信がついたかな。やっぱり殴り合うスポーツなので、それだけ自分も痛みを感じられる人になっているのではないかと思います」。特殊な競技で得られるのは思いやりだ。
「自分が頑張ることで周りの人も元気づけられるようなボクサーになってほしいですね。自分のことだけじゃなく、いろいろなことを考えられるような人に。自分一人でここまで強くなったんじゃないというのは、常に忘れずにいてほしいですね」
井上尚弥杯に出場した(右から)日本、中国、韓国の選手たち【写真:浜田洋平】
■「喧嘩」から「スポーツ」に、井上尚弥も大切にする姿勢
U-15男子45キロ級に出場した市野獅龍くん(中1)の父は、三重・鈴鹿市にある市野ジムの将士会長。高1の兄は強豪の宮崎・日章学園に進み、ボクシング一家だ。「うちは家がジムなのでやらざるを得ない」と笑うお母さん。物心がつく頃からジムに足を運び、2人とも小1から本格的にグラブをはめたという。
負けてやる気が下がった時に父から「やめていい。自分の好きなところに行きな」と言われたが、結局ボクシングに戻ってきた。母も力強くリングに送り出す。
「子どもたちが主人に教えてもらって強くなって、自信がついてきました。中途半端に練習もしないのに試合に出て、負けて、泣いて、となってしまうとこちらも不安になったり、怪我が心配になったりするんですけど、もう今は全然。もう少しディフェンスメインでボクシングをしないとダメなんですけど、不安はないですね。
やっぱり精神的にも強くなっていますよね。まず自分の体重を作らなあかん。何に対しても負けず嫌いが出てきますね。たとえ何かの大会で優勝したからといって、全く偉ぶらず、常に感謝を持ってほしい。できるところまではサポートしてやっていきたいと思っています」
共通点は一昔前の「不良がやるもの」「喧嘩」から「スポーツ」として認識する人が増え、自己成長にも繋がるということ。近年の世界王者や五輪メダリストによる影響が大きいが、その先頭を走るのは間違いなく井上尚弥だ。
「ボクシングで魅せたい」が信条。対戦相手に敬意を払い、下手なトラッシュトークはしない。強くて、優しくて、クリーンで。お母さんたちの中には「できれば息子には、ボクサーは本当にカッコいいと思ってもらいたいな」と願う人もいた。
井上が所属する大橋ジムの大橋秀行会長もリングサイドで観戦。ボクシングから学んでほしいことを説いた。
「人間って優しくなきゃダメですよね。強くて優しいこと。まずボクシングは自分に打ち勝たなければいけません。自分自身に強いこと。喧嘩が強いとかではなく、自分自身に練習で打ち勝てる。その強さがあって優しさがあります。ボクシングは自分に打ち勝つことが求められる一番のスポーツだと思います」
全員が五輪を、プロを目指すわけではない。かつてはメシを食うため、生きるため、悲壮感を持って戦うイメージだったが、今は人生を豊かにする手段の一つ。ボクシングへの価値観の変化が表れていた。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)
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