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「夏の最後ね、主将が『先生、今年は…』と」 早大に誤算、内政干渉せず帝京大4連覇に尽力した陰の名将

THE ANSWER / 2025年1月15日 17時23分

大学選手権優勝後、帝京大フィフティーンから胴上げされる岩出雅之前監督(現顧問)【写真:中戸川知世】

■今季は夏、秋と負け続けた宿敵に雪辱 前監督・岩出雅之顧問の言葉から振り返る優勝

 ラグビー大学選手権は帝京大の優勝で幕を閉じた。4連覇を果たしたとはいえ、8月の夏合宿(14-38)、11月の関東大学対抗戦(17-48)と連敗した相手に、大学日本一を決める最後の大舞台で33-15とダブルスコアでの王座防衛。夏、秋と負け続けた宿敵を打ち負かすまでに、チームには何が起きたのか。監督という最前線から1歩引いた立ち位置でチームをサポートしてきた名将の言葉から、帝京大の優勝を振り返る。(取材・文=吉田 宏)

 ◇ ◇ ◇

 激闘、そして表彰式を終えた帝京大フィフティーンが大学関係者、チームスタッフらを次々と胴上げする中で、岩出雅之前監督(現顧問)も宙を舞った。

 1996年に監督に就任。2009年度の大学選手権初制覇から退任した21年度までに優勝10度と、帝京大を国内屈指の強豪に鍛え上げた指揮官から、昨年12月にこんな話を聞いた。

「夏の最後の最後ね。主将の青木(恵斗、4年=桐蔭学園)が『先生、今年はグラウンドに来てくれないんですか』と言ってきた。そこから、ちょっとやり始めたよ」

 1歩引いた立ち位置で、後任の相馬朋和監督を支える岩出顧問だが、20年以上に渡りチームを強豪校、常勝軍団に鍛え上げてきた歴戦の名将としての勝負勘は健在だ。後任を託した相馬監督のチーム作り、指揮ぶりを尊重しながらも、夏合宿で早稲田に完敗した直後のチームに、自身の経験値、勝つためのノウハウを段階的に落とし込み始めた。とはいえ、大学のラグビー部の運営、組織としての繊細さやバランスの難しさも熟知するベテラン指導者は、自分からの内政干渉は考えていない。

「勝手にしゃしゃり出ても、迷惑だよね。話を聞く気もないでしょう。選手、チームが本当に何かを求めている時にサポートするのが大事だから」

 実績、経験豊富な前監督が前面に出過ぎてしまえば、まだ大学指導者としての経験値を積み上げている相馬監督を中心とした組織のバランスが崩れてしまう。そこを配慮しながら、自身の経験値をチームに伝えていった。詳細は語らないが、宿敵に完敗したチームを、勝てるチームに変えるためには何が必要かというアイデアは、熟練指導者の引き出しに詰まっている。日本代表PRだった相馬監督も交えてスクラムを整備し、チームの伝統でもある厳しいタックル、そしてライン攻撃の精度アップと、勝つために必要なエリアを1つ1つ段階的に磨き上げる作業が始まった。

 対抗戦での再戦は夏以上の失点で敗れたが、戦える選手層がようやく整いつつある段階だった。この試合で不動の指令塔と位置付けられたSO本橋尭也(2年=京都成章)が、ぶっつけ本番ながら怪我から復帰。他のメンバーもまだ入れ替わりを繰り返しながらシーズンを進めていた。この時の両校の先発メンバーを大学選手権決勝と比べても、早稲田が1人も変わっていないのに対して、帝京は半数以上の7人を入れ替えている。勝者がメンバーを替えずに、敗者が手を入れるのはセオリーでもあるが、ベスト布陣でシーズンを駆け抜けようとした早稲田に対して、シーズンを追う毎にチームを熟成させてきた帝京のチーム戦略が浮かび上がる。

 そのメンバーを見ると、フィールディング、アタック能力のあるFB小村真也(4年=ハミルトンボーイズ高)、U20日本代表主将も務めたSO/CTB大町佳生(3年=長崎北陽台)ら秋の対戦で欠場、控えに回っていたメンバーが先発に復帰。夏秋と重圧を受けたスクラムも、「真っ新な状態でレフェリーにもみていただける」と控えだったPR梅田海星(4年=秋田工)、HO知念優来(4年=常翔学園)を先発に起用。決勝戦開始2分のファーストスクラムで、アングルを掛けて組んでくる早稲田からPKを奪い獲り、その後も何度も反則を犯させた。

 早稲田・大田尾竜彦監督の「(帝京大は)小村君が入ったことで、チームがすごく安定したと思う。それにより森山君らが本来のポテンシャルを出して、足を止め切れなかった」、HO佐藤健次主将(4年=桐蔭学園)の「最初のスクラムで逆にペナルティーを取っていたら自分たちの試合に出来たと思うし、僕の責任かなと思う」というコメントに、誤算の悔しさが滲んだ。


スクラムで早大の反則を誘い喜ぶ帝京大フィフティーン【写真:中戸川知世】

■敗者の“強化の上昇曲線”が決勝で追いつき…相馬―岩出コンビの手腕が結実

 決勝キックオフ目前の、グラウンドを使ったウォームアップ。メンバーを見守るスタッフ陣に注目した。岩出顧問も相馬監督とともに選手の真横で練習を見つめていたが、近くには岩出監督時代にスポットコーチとして何度も来日していた元フィジー代表主将グレッグ・スミス氏や、岩出前監督と同じ日体大OBで、埼玉・熊谷工高監督として全国制覇を果たした塚田朗氏ら、これまで様々な形でチームに携わってきた人たちが並んでいた。
 
 スミス氏は、ニュージーランドのスーパーラグビーチーム・チーフスでも主力HOとして活躍して、フィジー代表主将として日本代表を何度も苦しめた名選手だった。その国際舞台での高い経験値を、大学生に落とし込み、相馬監督も「ボール争奪のところで意見を貰えたし、他のコーチの足りない部分を埋めてもらうようなアドバイスを貰えた」と強化面でのプラス面を指摘した。ここ数年は来日していなかったが、岩出部長からの「ああいうコーチを呼んでみたら」という進言で相馬監督が決勝戦までの5週間あまりの期間でスポットコーチを任せた。

 塚田氏については、過去に相馬監督に「大学の常勝軍団に高校ラグビーの指導者が必要なのか?」と聞くと「高校チームをあそこまで鍛えた先生方は、基本プレーの大切さをよく理解している。教えるノウハウも持っている。力を貸してくれる」と、その存在価値を語っていた。まだまだ幼さも残る下級生を、教育的な側面でサポートする役目も期待しているはずだ。

 このような新旧コーチ、スタッフの顔ぶれを見て感じたのは、岩出監督を中心に帝京大が大学最強チームへと進化していく中で、チームに貢献した顔ぶれが再び集結して、今季2戦2敗の早稲田との決戦に挑む選手たちを支えている構図だ。早稲田や、準決勝で帝京に屈した明治大が、長き伝統と強固なOB会の支援で監督、コーチの人選や、強化を支えてきたのに対して、OB会という強い地盤がまだ築けていない帝京大は、“岩出ファミリー”が総出で選手を支え、伝統校に対峙しようとしているように映る。

 大学選手権を勝ち上がる帝京大を見ていると、明らかにスクラム、ディフェンスと段階的に戦闘能力を高めてきたという印象だ。夏合宿最後から徐々に強化に手を貸していった名将の教える勝つための要素が、1つ1つ落とし込まれていったように映る。百戦錬磨の勝負師でもある前監督には、どのタイミングで何を選手たちに教えればチームの戦闘能力が上がっていくかというカレンダーを組み立てるのは、そう難しい作業ではなかっただろう。後は、選手たちが、どこまで今季最強の相手だった早稲田を相手に、しっかりとパフォーマンスを出せるかが勝負だったはずだ。フィフティーンはシーズン最後の80分で期待に応えた。

 伝統的には、敗れた早稲田大が、シーズンを戦う中で力を高めていくチームだった。だが、今季は夏から帝京大を圧倒する程の力を持ち続けた早稲田に、敗者の“強化の上昇曲線”が決勝戦で追いつき、乗り越えたように思える。相馬監督・岩出顧問コンビによるピリオタイゼーションが最終決戦で結果に結び付いたような勝利だった。


帝京大は岩出―相馬という2代の指揮官で強化体制の整備、強さの永続性でも着実にバージョンアップを続けている【写真:中戸川知世】

■帝京大は強化体制の整備、強さの永続性でも着実にバージョンアップを続けている

 ピッチ上で勝利への大きな追い風になったのは、やはりスクラムだろう。この決戦で先発の1番(PR)、2番(HO)を揃って入れ替えるのはリスクも大きいが、先にも触れたように相馬監督は「リザーブに回った2人が弱いわけじゃなくて、いろいろな(スクラムの)印象がついていたり、入れ替えることで真っ新な状態で見ていただきたいという思いで入れ替えることにした」と決断。ファーストスクラムで早稲田が真っ直ぐに組まない「アングル」で反則を取られたことで、帝京フィフティーンにとっても過去2試合で苦戦を強いられた懸念材料が拭い去られたのは大きかった。

 早稲田も開始10分あまりの連続失点で0-14とされながら前半途中から巻き返し、後半2分には15-14とリードを奪ったのは、ここまで唯一の全勝を続けてきた地力をみせた。個々のタレントをみれば、早稲田には日本代表でも先発FBにも起用された矢崎由高(2年=桐蔭学園)、同じく代表を経験したHO佐藤主将、力強いランとパスが武器のCTB福島秀法(3年=修猷館)、そして11月の帝京大戦で5トライを奪ったWTB田中健想(1年=桐蔭学園)と一発でトライを奪えるタレントが各ポジションに揃っていたが、帝京防御陣が粘り強さで応戦していた。1回有効なブレークを許しても、次々にカバー防御に返りトライまでは行かせない。しぶとく、愚直に刺さる真紅のジャージーを見ながら、岩出部長が監督時代に語っていたことを思い出した。

「ウチの子(部員)でね、『ラグビーやってます』だけで肩で風を切って生きていけるのは、松田力也や姫野和樹(共にトヨタヴェルブリッツ)のように一握り。ほとんどは、社会に出て職場で『彼に頼めば一生懸命、真面目にやってくれる』と言われるような人間に育てないとね」

 そんな話をピッチ上で体現するように、実直に、ひたむきにプレーする帝京ラグビーの真骨頂がスター軍団相手に炸裂していた。スクラムとタックルで優位に立てれば、勝利のためのシナリオの大半は手中に収めたようなもの。実力はそう大差がない両雄がダブルスコア以上の結末を迎えたのも、そのような要因が響いたのだろう。

 帝京大ラグビー部にとっても、大田尾監督の下でシーズン毎に力を付けてきた今季の早稲田にどう勝つのかが勝負となったシーズン。最後に宿敵へのリベンジで優勝という夢をかなえたが、今季の勝利が、この真紅のジャージーの「これから」も感じさせた。先にも触れたように、岩出―相馬という2代の指揮官がチーム強化に取り組む中で、チームを支えてきた様々なスタッフが、様々な形で今も学生たちをサポートし続けている。この人脈が、帝京大ラグビー部を今季の一過性だけではなく、継続的な強化、進化を支えていくシステムになり始めている。

 敗れた早稲田も先発FWの半数、BKもSH細矢聖樹(4年=國學院栃木)以外全員が来季も残る若い布陣でここまで辿り着いている。両校とも先の花園(全国高校ラグビー)で活躍した好素材が大挙集まってくるのも決まっている。他にも捲土重来を目指す明治大や、関西の雄・京都産業大らも含めて、大学ラグビーの覇権レースが過熱する中で、4連覇を果たした王者は、強化体制の整備、強さの永続性でも着実にバージョンアップを続けている。(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)

吉田 宏
サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。ラグビーW杯は1999、2003、07、11、15、19、23年と7大会連続で取材。

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