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「ボクシングが好きだから」 井上尚弥は自ら退路を断つ、試練だらけの5か月を支えた自律心

THE ANSWER / 2025年1月25日 6時43分

試合後、満員の観衆を前に笑顔の井上尚弥【写真:中戸川知世】

■井上尚弥が4団体防衛成功

 ボクシングの世界スーパーバンタム級4団体統一王者・井上尚弥(大橋)が24日、東京・有明アリーナでWBO11位キム・イェジュン(韓国)に4回2分25秒KO勝ちし、世界戦通算24勝の現役単独最多(歴代9位タイ)記録を打ち立てた。世界2位となる3度目の4団体防衛に成功。試合数が少なく気持ちの維持が難しい競技で、なぜ自分を追い込み続けられるのか。興行延期、対戦相手変更の試練だらけだった興行を純粋な心持ちで乗り越えてきた。戦績は31歳の井上が29勝(26KO)、32歳のキムは21勝(13KO)3敗2分。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)

 ◇ ◇ ◇

 リングから見渡すと、予想外の景色が広がっていた。

「今日、どうなるのか。凄く不安の中、リングに上がった」

 空席を覚悟したアリーナは1万5000人で満員。「凄く嬉しい」。後悔はさせない。ド派手なKOを届けた。「映像はざっと見た程度」の突然現れた挑戦者。初回から距離とパンチの軌道を確認し、珍しく2回に被弾した。それでも一方的な展開をつくり、破壊的な右拳が再三炸裂。鈍い音を立てるたびにどよめきに包まれた。

 決着は4回、左フックを効かせて滅多打ち。最後はワンツーでぶっ倒し、10カウントを鳴らした。真っ白なグラブは返り血に染まった。

「皆さんにこうして会場に足を運んでいただいて、僕がここに立てているとつくづく思いました」

 試練続きの調整期間。モンスターの相手はモンスター自身だった。

 年に2、3回しか試合がないプロボクシング。他競技と比べて極端に少なく、長期間の気持ちの維持が難しい。地道なロードワークとジム練習、過酷な減量、命を懸ける恐怖。常人には理解しがたい試練を乗り越えなければ、リングに上がれない。

 特に井上は全てをやり尽くし、「完璧」に仕上げてゴングを待つ。強い心が不可欠だ。昨年5月のルイス・ネリ戦はそれが勝手に湧き上がった。「東京ドームで行われるタイソン以来の試合。凄くモチベーションが高い。なんといっても相手はネリ」。強敵を歓迎する目はギラついていた。

 9月の相手はTJ・ドヘニー(アイルランド)。海外メディアには「物足りない相手」と指摘された。「ネリ戦の自分を超えることがテーマ」。当時の練習量を基準に据え、自分に鞭を打った。蓋を開ければ、強打が売りだった挑戦者は消極的な戦い方。「そういうスタイルになるのは仕方ない」と受け止めながら嘆いた。

「自分がどう倒すか(という見方)にしかならない。ただ日本に来て、高いファイトマネーを受け取って、倒されないで終わろうという考えであれば寂しい。自分はやっていてつまらない」

 本来ならどの相手も世界トップレベルのはずだが、井上を前にすると格下に映ってしまう。

「ボクシングは相手があってこそ、盛り上がるかどうかのスポーツ。相手が塩(試合)に徹したらそりゃそうなりますよ」


4回KO勝ちした井上【写真:中戸川知世】

■なぜ、自分を律することができるのか 答えはシンプル

 12月に予定されたサム・グッドマン戦。各団体に義務付けられた「指名試合」のため避けては通れないが、レベルの差はあった。繰り返したのは「前回の自分を超える」という同じ言葉。「自分の良いパフォーマンスを出すための練習量がわかる。そこに到達するように練習している」。甘えを許さず、自ら退路を断つ。調整過程の“対戦相手”は自分だった。

「ライバル」と表現される選手がいない。強くなりすぎた。それでも自分を律することができるのは、なぜなのか。答えはシンプル。

「ボクシングが好きだから」

 ジムの大鏡に向かい、シャドーを打つ。「ボクシングとの向き合い方が変わっている」。ジャブ一つとっても、角度やタイミングで質が変わる。減量方法の試行錯誤はやめない。極める、達人、そんなワードがしっくりくる。変化を感じ、成長を知ることが楽しみにもなった。

「あとはファンの期待に応えたい」

 初めて世界王者になって10年9か月、世界戦しかしていない。2階級4団体統一、現役世界最多の世界戦24勝、世界2位となる3度目の4団体防衛。世界のボクシング史でも記録的な選手になったが、苦しいはずの過程にネガティブな感情はない。

「この10年、王座を守り続けることに対して、大変という想いをもって過ごしてきたことはない。ボクシングが好きで、強くなりたくて、強い奴と戦いたくてやってきた結果。ボクシングをやる以上、この先もその気持ちは変わらない」

 だから、試練だらけだった今回の調整も乗り越えられた。試合を10日後に控えた12月14日、グッドマンの左目上裂傷で1か月延期。さらに1月11日、再負傷でキムが代役に。陣営の大橋秀行会長も「小学生の頃から50年くらいボクシングを見ていますが、こんなのは初めての体験」と調整の難しさを慮っていた。

 練習計画を全て狂わされた本人は「何とも思っていない。2度の変更はコンディション作りに凄く参考になった」と不安を一蹴。メディアの前で強気の姿勢を崩さず、むしろ突然の試練を歓迎するかのようだった。

「相手が急遽代わって、ここで僕がモチベーションが上がらないとか言えば、チケットを買った人に申し訳ない。受けてくれたキム選手と足を運ぶファンの方には、最大限のリスペクトを持ってリングに上がる。油断することなく井上尚弥のボクシングを見せます」


井上が試合後に明かした意外な胸中は【写真:中戸川知世】

■試合後に明かした意外な胸中「正直、精神的に…」

 年を追うごとに増える客席の少年ファン。この日も「なおやー!」と幼い声が飛び、1万5000人は間違いなく沸いた。だが、試合後に明かした胸中は戦前と反対。「今の気持ち……疲れました」と重たい声で振り返り、笑った。

「2か月いろいろあったし、肉体ではなく、精神的に正直きつかった。無事に勝つことができて肩の荷が下りた。ドッと疲れが来ましたね。『魅せないといけない』というプレッシャーではなく、12月24日まで全力で仕上げて10日前に延期。1週間は何も考えずやっていたけど、そこからまた全力で仕上げる。どの試合よりも、いま終わったこの瞬間にドッと疲れが出た」

 前戦から約5か月の闘いを終えた。今後もチャレンジが目白押しだ。4月頃に米ラスベガスで大型興行、9月頃に莫大な資金力を持つサウジアラビアでの試合を計画。そそられる相手はWBC世界バンタム級王者・中谷潤人(M.T)。「やっぱり強い。だからこそ、自分も興味がある」。その先はいよいよフェザー級か。

「3年前でも今の自分がここにいると想像できていない。この先、どんなボクシングドラマが待っているのか、自分でも想像できない。引退した時に自分がどう感じるのか。それを大事にしながらボクシングをやっている。ボクサーとしての完成度は自分も測れない。キャリアの最後までノックアウトできるようなトレーニングを続けていきたい」

 自分を追い込めても、未来までは描けない。だから、面白い。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)

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