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相撲は1日2食で稽古、駅伝で腕立てに「なんで?」 異なる世界の2人が共鳴、令和の指導者が持つべき“疑い”の目――青学大・原晋監督×中村親方対談

THE ANSWER / 2025年1月28日 16時3分

指導論について語り合った中村親方と原晋監督【写真:舛元清香】

■ABEMA大相撲中継で共演

 多様化が進むスポーツ指導において、個人を、そしてチームを強くするための「いい指導者」というのは、いったいどんな存在なのだろうか。「ABEMA」の大相撲初場所中継でも共演した青学大陸上競技部・原晋監督と、元関脇・嘉風の中村親方との異色対談が実現。数多くの学生ランナーを育て上げた原監督が掲げる指導論には、部屋を興してまだ7か月の新米親方も興味津々。一方、相撲界の慣例にとらわれない稽古やトレーニング方法を導入し、弟子の育成論や師匠のあり方を追求する中村親方には、箱根駅伝を11年で8度制した名将も今後の飛躍を期待するなど、歴史も競技性も全く違う世界で活躍する2人が令和のスポーツ界の指導者のあり方について語り合った。(構成・THE ANSWER編集部 瀬谷 宏)

◇ ◇ ◇

――中村親方は部屋を興されて、1日3食摂取や昼稽古を含めたトレーニングを導入するなど、相撲界においては斬新なスタイルを取り入れて注目を集めています。一方、原監督は最近11年で箱根駅伝優勝8回を成し遂げ「原メソッド」といった指導法を確立された指導者として実績も重ねています。お二人とも前例にとらわれない指導法という共通項があるように思えますが、そうした境地に至った理由や経緯といったものを教えていただけますか。

 原晋監督(以下原)「それはまず、私自身がある意味、素人だったということです。多くの選手は天才肌ではない。一方で、名選手というのは何もしなくてもできてしまうという天才的な能力を持っています。やるべきことが『10』あったら『8』くらいはできてしまう。でも凡人はまず1も2も3もわからない。私自身も選手として凡人だったので、それをどうやったらわかるようになるか、というような視点で学生と向き合っています。

 だから、キホン(基本)の『キ』という部分を大事にしています。陸上競技、長距離の世界で『キ』は何なのか。そんな思考をずっと持っている。だから、革新的なことをやっているというけれども、そうではない。型があるから『型破り』って言うのであって、基本となる型を作るところからスタートしたわけなんです。そして型にはまることなくベースを作り、それを常にバージョンアップしていくということの繰り返し。皆さんにはすごく突飛な、革新的なことをされていると見られるんですけど、実はそうではなく、基本を積み上げていっているだけなんです」

 中村親方(以下中村)「ものすごく参考になります。私も新しいことをしているように見られますが、実は基本的なことを身につけることが大事だということは同じ。アプローチの仕方が違うだけで、考え方は変わっていないのかなと思います。

 私自身、普段から『なぜだろう?』と疑問を持ったり『本当に正しいのか?』と自問することが多いんです。たとえば、なぜ稽古は朝に行うのか、なぜ1日2食なのか、といったことなど。 赤ちゃんが成長して少しずつ話せるようになる過程で『これ何?』『あれはなんで?』とたくさん質問をする時期がありますよね。それと同じように、不満ではなく、さまざまな疑問を抱きながら日々を過ごしてきました」

 原「相撲界は1日2食というのが普通なんですか?」

 中村「普通です。朝起きたら食事を摂らずに稽古場に下ります。稽古で体を動かした後、11時くらいからその日の1回目の食事を摂ります。たくさん食べて昼寝をして、午後6時くらいに夕食というのが基本的なスタイル。個人でサプリメントを摂る子もいますが、食生活は2食です。

 力士は食事で摂取するカロリーが多いので、それを消費しなければ肥満になっていく。体が大きくても思い通りにコントロールできる、能力の高い力士になってもらいたい。消費カロリーと摂取カロリーのバランスをよくする必要もあります。たくさん食べるのであれば、たくさんトレーニングしたほうがいい。朝食、昼食でしっかり栄養を摂って、体に十分栄養が行き渡った状態で夕方に稽古すると能力も上がりやすいという話も聞いたので、夕方に稽古をするようにしたんです。革新的なことをやっているように見えるかもしれないですが、どうやったら預かった力士が強くなるかということを、自分の現役生活の時と照らし合わせているんです」

 原「本当におっしゃる通りだと思います。今までやってきたこと、それは正しいんですかっていうことが、陸上界にも多々あったんです。例えば補強運動一つとっても、最近までは腕立て伏せ、腹筋、背筋、鉄棒とかをやっていました。ジュニア期において身体能力を上げる意味としては、それは正しいトレーニングだったかもしれません。でも、走るということにおいて腕立てとか鉄棒をして、首回りに筋力をつけたところで早く走れるんですか、と。

 腕を振るための筋肉ってあるわけなんですよ。最近はコアトレーニングと称して体幹トレーニングが流行っていますが、それは理にかなっています。軸をきちっと作ることによって、体幹がしっかりして、横ぶれや縦ぶれをしなくなる。筋肉で腕を振るのではなくて、柔軟性を持たせることで自然と腕を振れる。逆に肩回りの筋肉をつけたら、鎧を着るようなことになり、腕を振れなくなります。それって走るための筋力トレーニングじゃないでしょ、という論法になってくるわけなんです。

 中村親方と同じように、私も『それ、なんでなの?』というのが実は好きなんです。それを何のためにやるのかという『根』の部分が知りたい。それを一つひとつ整理していくと、今までの陸上界がやっていたこととは、ある意味真逆なことが多々ありましたね。KKD(経験、勘、度胸)で今まで動いていたのが、我々はサイエンス、データに基づく指導スタイルにいち早く取り組んだ。革新的と言われますが、結果としてそれは当たり前ですよね、となっているんです」


選手の能力を把握することの重要性を語った原監督【写真:舛元清香】

■「みんな故障した」練習メニュー、選手の能力を見極めることの重要性

――若い学生や力士を預かる者として、一人ひとりの個性も見ながら指導されていると思いますが、それでも全員同じようにというわけにはいかないでしょう。子供たちと接する上で、距離感などすごく気をつけていることを教えていただけますか。

 原「うちには約50人が集まっていますけど、その中にはトップ選手もいれば、ボトムの選手もいるんです。相撲部屋でいえば、幕内力士もいるけど番付が下位の力士もいる。これが、同じ土俵で同じ練習をしたら壊れるに決まっているんですよ。我々も50人が同じ練習というわけではなく、質、量ともに変えます。その子の能力に応じた事実をきちっと把握して、そこから半歩先の負荷をかけていくわけなんですよ。

 箱根駅伝に出る選手とボトムの選手に同じ負荷をかけたら、ボトムの選手は故障してしまいます。伸びるものも伸びません。相撲だって、昨日入ったような力士も横綱と稽古したら壊れて、もう終わりとなってしまう。だから僕は相撲界においては、体重別、体格別、身体能力別に分けたトレーニング、稽古を課した方がいいと言っているんです。そのためには土俵って1個じゃダメで、2つか3つは必要なんじゃないですかね」

 中村「監督のお話を聞いていると、監督が相撲の指導をしたら横綱を育てるんじゃないかなって思えます。自分はまだ結果も出していないので何かを言える立場ではありませんが、強度の強い負荷を掛け続ける稽古が、全て成長につながるのかな、と思ったことがあるんです」

 原「大きな間違いですよ。私が青学の監督になりたての当時、私の出身の中国電力に五輪や世界陸上で日の丸をつけた選手が複数いて、その練習を見せてもらいました。それで、その通りの練習を学生にやらせたんですよ。そうしたら、みんな故障です。これでは伸びません。これは違うんだなと思いました。やはりその子の技術、能力をきちっと把握して、手の届きそうな半歩先のトレーニングを課すことによって成長させ、何年か経ってようやくオリンピック選手と近いトレーニングができるようになるわけなんです」

 中村「怪我をしてしまうと、痛い、つらい、そして怖いという気持ちが強くなってしまう。まだまだ成長段階の力士はこんな意識を常に持っているわけだから、相手を倒すのではなく自分を守るための稽古になってしまうんじゃないかと。

 強い人に勝つためには、日頃から強い人に向かって行く稽古をします。ですが、その分怪我のリスクが大きい。原監督の話を聞いていて、11年のうちに8回優勝したというのも、監督の生徒それぞれの能力を見抜く分析力、洞察力がすごいのかなと。だからそうした部分は自分も見習いたいです。今、うちの部屋には十両が2人、幕下が1人、三段目が4人、序二段に1人いますけど、稽古は全員一緒ではなく、それぞれの力士の能力を見抜いて、段階に分けてほどよい負荷をかけながらやるのがいいのかなと」

 原「弱い力士は絶対勝てないんですよ。常に負けっぱなしで、コロコロ転がって受け身を覚えるだけ。だから勝たせてあげないとその力士も面白くない。勝つことによって自分の型ができます。体格も大きくなって技を磨き上げたら、十両の力士とやっても自分の型を持っているから勝負になるんです。でも、ただ当たってやられてしまってばかりでは型も何も持てないでしょ。それでは強くならないですよ。勝ち負けがあって初めて切磋琢磨する。勝つ喜びを教えてあげるためには、そういうことが必要だと思います」

 中村「向かっていく気持ちは絶対に必要ですが、同じようなレベルの力士同士で稽古をし、勝つことや負けることからいろいろな技術を身につけ、できないことができるように成長させ、成功体験を持たせながらやるということが大事なんですね」

 原「やっぱり、相撲界の発想的に、上の者とぶつかっていくから下の者が強くなるというのが基本的な考えなんですか?」

 中村「そうした厳しい稽古で鍛えられた方々が、今では親方になっています。以前、八角理事長(元横綱・北勝海)が千代の富士関に胸を出してもらっている映像を見たことがあるのですが、非常に厳しい稽古でした。 今の力士たちはとてもついて行けませんし、そんな指導をしたら全員いなくなってしまうでしょう(笑)。もちろん私自身も到底ついて行けませんし、真似もできないと思います。それほど過酷な稽古だったのだと思います。 今の親方衆は本当にすごいと思いますが、時代も変わり、昔のような厳しい稽古環境を作るのは難しくなっています。また、最近の子供たちの体つきも昔とは違ってきていると感じます」

 原「確率だと思うんですよ。八角理事長が横綱に上がったのはそういう身体があったからこそで、いわゆる“砂金”が出たようなものだと。陸上界でもよく言われるんですよ。昔の選手が“俺たちの時代は100キロ走った”とか“50キロは当たり前だよ”なんて言うけど、今の子にそんなこと言ったってできない。砂金はなかなか出てこないんです」

――やはり身体能力が高い人が有利ですか?

 中村「身体能力が高い人ほど、成長のスピードは速いです。ただ、身体能力が高くても、しっかりとした環境と努力がなければ強くなれません。どちらか一方ではなく、両方が必要です。 もちろん、才能がない場合は成長に時間がかかることもあります。しかし、やる気さえあれば、才能がなくても適切な環境でしっかり育てたいという思いを持っています」


食事や稽古について語った中村親方【写真:舛元清香】

■リーダーが選手に対して“ここぞ”の場面で発動する「拒否権」の意味

――親方は現役の時、年齢を重ねるに連れて強くなった印象がありますが、やはり食事には気を遣われていたのですか。

 中村「相撲ってありがたいことに体重制限がないので、どれだけ食べてもいいんです。体が大きければ大きいほど、筋力をたくさんつければつけるほど、勝つ確率が上がると思っていました。たんぱく質を多く摂る食生活が良いということをトレーニングコーチから習い、朝稽古の前に食事を摂っていました。

 私の師匠の元尾車親方(元大関・琴風)は細かいところまで口うるさく注意する人ではなく、『関取になればもう一人前、番付を上げて活躍するのも、何もやらずに怠けて落ちるのも自分次第で自己責任』というような師匠でした。ただ肝心な時には心に響くことをズバっと言って指導していただきましたが、普段は食生活も稽古のやり方も、任されていました。ですので、朝稽古もそれほど厳しい内容ではなく、朝食を含め1日3食、食事を摂るようにしていました。

 30歳をすぎて、自分の理想の相撲が取れるようになりましたが、稽古量はそんなにというか本当に少なくて、相撲を取る稽古は年間で10日もやってないと思います」

 原「そのような稽古量でも十分と感じたということですか?」

 中村「ここでも先ほど話した『なんで?』に繋がるのですが、なんで毎日たくさんの番数、相撲とるのか疑問に思ってました。昔、ある横綱の稽古の記事を読んだのですが、その横綱は若い衆と1日15番相撲をとって、勝敗が4勝11敗とかなんですよ。番数、勝敗ではなく、どこまで自分が追い込まれたら負けるとか、この辺までだったら大丈夫とか、いわゆる危険水域を稽古で感じるという事を実践していた。というような記事内容でした。

 自分も稽古場はそうあるべきだと思っていて、できないことをできるようにするのが稽古だと。できることを反復でやることは、30歳を過ぎた自分にはできないなと思い、毎日相撲をとる稽古をやめました。筋力をつけて、本場所1週間前の連合稽古で琴奨菊関や稀勢の里関に胸を借りて、本場所のようにフルパワーで当たって行って全力を出すという稽古をして、初日にピークが来るように調整しました。なぜなら、初日が一番勝ちやすいから。根拠はありませんが。

 初日は独特の緊張感があり、少なからず横綱大関もみんな緊張すると思うので、確率として横綱大関に一番勝ちやすい日は初日だと勝手に決めつけていました」

 原「だから初日に番狂わせが多いんですね」

 中村「そうなんですかね。自分は初日に横綱と当たる番付にいたときは、そう思っていたので、稽古の内容も初日にピークをもっていくように考えてました。毎日、番数をこなす稽古はしませんでした。それを認めてくれた師匠や部屋の環境が本当にありがたかったです」


理想の指導者像について原監督と中村親方は意気投合した【写真:舛元清香】

――今の時代のスポーツ界において「いい指導者」というのはどんな指導者だとお考えですか。

 原「それはやはり『説明力』だと思いますよ。語彙力。いろいろ言葉を持つことだと思いますね。決断というのは最後にリーダーがすることなので、僕は拒否権を持っていると思っているんです。選手にチャンスを与える時に『君はどうしたいのか』と聞き『僕はこうしたい』というような言葉を選手側から言わせるように仕掛けていく。中にはとんちんかんなことを言う選手もいるし、屁理屈や曲がったことを言う子もいるけど、可能な限りは「それでやってみなさい」とチャンスを与えるようにしているんです。

 でも明らかにダメなときには『これはしちゃダメだぞ』と拒否権を発動します。この拒否権は、相撲界ではまだ力士が甘いときや番付も下だったら即発動でいいけど、上の番付になったら、尾車親方のようにそれはお前の責任だからって、拒否権はできるだけすぐには発しない。いい指導者というのは、まずは選手に責任を持たせ、最後は拒否権を持ったリーダーがダメだとしっかり言えるかじゃないですかね」

 中村「尾車親方は本当にそうでしたね。自分は師匠にいわゆる拒否権を使ってもらったことがあるんですよね。それはズバッと『嘉風はこのまま終わっていくのか? 番付落ちていくのは早いぞ』って言われたんですよ。それって裏を返せば、もっと稽古しろってことだなと解釈しました。成績も良くなかったときでしたし。今、監督がおっしゃられた話が、親方のリーダーシップに重なりますね。結構真剣に言われたんでグサッときたんです。ちゃんと稽古やろうって。落ちたくないし。『どうやって自分が名前覚えられたかを振り返ってみろ?』と。原監督や師匠の尾車親方のように、自分も正しく拒否権が使えるような親方になりたいです」

 原「中村親方にはぜひ横綱を育ててほしいですね。そうなれば必ず大学の相撲部の監督さんも、中村さんのところに行けば成長させてくれる、となる。今までと違うことをやって結果が出たら、身体能力の高い力士がどんどん入ってきて好循環が生まれてくると思うんですよね。期待したいですね」

 中村「それは自分も望んでいます。もっと精進したいと思います」(THE ANSWER編集部)

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