44歳で退任→海外初挑戦 日本一2度、バスケ川崎・佐藤賢次前HCが人生の転機で大切にした感情
THE ANSWER / 2025年1月31日 11時33分
■川崎ブレイブサンダース前HC・佐藤賢次氏インタビュー前編
バスケットボールBリーグの川崎ブレイブサンダースは、前身の東芝時代から数々のタイトルを獲得してきた名門チーム。2016年9月のBリーグ発足以降も、毎シーズンのように優勝候補に挙げられてきた。そんな国内屈指の強豪を、ヘッドコーチとして5シーズン率いた佐藤賢次氏は、退任後の昨夏に周囲が驚く決断をする。ドイツのクラブ、MHPリーゼン・ルートヴィヒスブルクのアシスタントコーチ就任を発表。44歳にして、自身初となる海外での指導者生活をスタートさせた。
新年を迎えた1月初旬、ドイツで刺激的な日々を送っているという佐藤氏を直撃。前編では昨シーズン限りでのHC退任と、人生初の海外挑戦を決意した背景に迫った。(取材・文=青木 美帆)
◇ ◇ ◇
2019-20シーズンから5シーズンにわたって川崎ブレイブサンダースのヘッドコーチ(HC)を務め、天皇杯連覇、4度のチャンピオンシップ(CS)出場という成績を残した佐藤賢次は今、ドイツのルートヴィヒスブルクにいる。岡崎慎司や遠藤航(現リバプール)ら歴代のサッカー日本代表選手が在籍したことで、日本でも知名度が高まったシュトゥットガルトから車で約30分の距離にある、美しい宮殿が有名な人口1万人足らずの小さな街だ。
「今、ちょうど太陽が上がり始めたところです。7時くらいだと真っ暗。だから、なかなか起きられないんですよ」
リモートインタビューが始まった日本時間の16時は、ドイツでは朝の8時。気温はマイナス方向に振り切れ、自動車のフロントガラスはもれなく凍っているという。
佐藤はそんな街で長男の慎之助くんと2人暮らしをしながら、BBL(バスケットボール・ブンデスリーガ)1部に所属するMHPリーゼン・ルートヴィヒスブルクのアシスタントコーチ(AC)を務めている。
日本を離れ、ドイツでコーチになるというアイデアは突然、思いもよらぬところから生まれた。
2023-24シーズンをBリーグ開幕以降、クラブ史上初となるCS不出場という結果で終えた昨年5月初旬、佐藤のヘッドコーチとしての任期は昨季限りと決まった。今後の身の振り方を決めるまでに少し猶予が与えられたなか、佐藤は千葉ジェッツとのヘッドコーチ契約が満了したばかりのジョン・パトリックから食事の誘いを受けた。
パトリックは15年以上にわたってドイツで指揮官を務め、川崎の宮崎哲郎ACもドイツと千葉Jで彼の薫陶を受けていた。佐藤は宮崎を介してパトリックとの知己を得て、連絡を取り合う仲になっていた。
2019-20シーズンに川崎のHCに就任。5シーズンで4度のCS出場、2度の天皇杯優勝に導いた【写真:B.LEAGUE】
■川崎への恩義、籍を置きながらの渡独を自ら提案
「これからどうするの?」
何気ない雑談の中でパトリックにそう問われた時、佐藤の胸にあったのは“外の世界”への憧憬だった。佐藤は明かす。
「大学卒業後、選手時代からずっとブレイブサンダースという組織に所属し、HCまで務めたことで、同じ場所にいることの窮屈さというか、自分の幅の狭さを痛感しました。もちろん、ずっと同じ組織にいるからこその強みもありますが、HCをやらないことになり、自分の良い部分と悪い部分を見つめ直した時に、『もっといろんな経験がしたい』『自分にないものをもっと吸収したい』という思いが一番大きかったんです」
佐藤は2016年、男子日本代表チームのACとしてセルビアで開催されたリオデジャネイロ五輪世界最終予選に参戦し、ヨーロッパの強豪国と日本の実力差を目の当たりにした。バスケットボールという競技に対する理解度、強度の高さ、状況判断の速さ……。何もかもが驚くほどに違っていた。
世界のバスケを知りたい。もっと日本のバスケットを前に進めたい――。そんな思いを抱くようになった佐藤は、川崎のHCに就任した際には「世界に伍するチームを」というビジョンを選手たちに説き、各国の代表経験を持つ外国籍選手を獲得した。その挑戦は残念ながら志半ばで途絶えることになったが、世界への思いは依然として胸の中に残り続けた。
パトリックにそのような想いを伝えると、数日後、再び連絡が来た。
「ドイツで一緒にやらないか?」
パトリックはドイツに戻り、ルートヴィヒスブルクのHCに就任することが決まっていた。
ドイツは2023年のFIBAワールドカップで初優勝を飾り、NBAとユーロリーグ、世界の2大リーグに多くの優秀な選手を送り出しているバスケ大国。「どうやったらあんなに大きい選手が、あんなに早い状況判断の中でプレーできるんだろう」とかねて考えていた佐藤にとっては、願ってもないオファーだった。「行きます」と即答したい気持ちをこらえ、「本当にその覚悟があるのか」と自問自答し、妻とクラブに相談すると、いずれも佐藤の挑戦を快く受け止めてくれた。
佐藤は、川崎の運営元である株式会社DeNA川崎ブレイブサンダースに籍を置きながらルートヴィヒスブルクでACを務めるという、いうなれば出向のような形で渡独している。佐藤自らが提案した「日本のバスケ界では初めてじゃないか」という手法の背景には、22年にわたって在籍した組織への愛情と恩義がある。
「海外に挑戦したいという思いと同じくらい、このクラブの発展に貢献したいという思いがありました。(クラブの前身にあたる)東芝時代からの伝統を繋いでいく北さん(北卓也GM)とは違う角度でクラブを発展させていくために、これから僕がやっていくことは絶対生きる。海外でこういう経験ができれば、こういうフィードバックができて、クラブにとってこういう良いことがある、という思いを伝えさせていただき、それを受け入れてもらった形です」
昨季まで千葉を率いたジョン・パトリックHC(左)に誘われ、44歳での渡独を決断した【写真:Sascha Walther】
■すべての感情を上回った海外バスケを学びたい欲求
ちなみにパトリックからのオファーを受け、クラブに上記のようなアイデアを提案した当時、ルートヴィヒスブルクにおける佐藤の役職や待遇はまだ決まっていなかった。日本バスケ界の最高峰で5年にわたってHCを務め、2度の日本一を手にした指揮官として、プライドは傷つかなかったのか――。そう尋ねると、佐藤は笑って答えた。
「海外のバスケットに触れたいという思いが一番にあったので、ビデオコーディネーターでも、チームスタッフでも、役職は何でもよかったんですよね。そもそもHC時代から『自分はこうしたいから君たちはこうしてくれ』みたいなものがないと言いますか、最終的な決定は自分がするとしても、コーチングスタッフたちと対等な関係でたくさんの時間を過ごして、たくさん話して、一つのピースとしてチームを作り上げたいという思いのほうが強いタイプなので、プライドが傷つくようなことは全然なかったです」
6月中旬、佐藤はスペインに留学中だった長男・慎之助くんの中学ラストゲームを見届けた後にドイツへ移動し、クラブの視察と首脳陣との話し合いを経てAC就任が決まった。正式に渡航したのは、それから2か月足らずの8月上旬。ドイツ語の準備もままならぬまま、44歳での海外挑戦が始まった。(文中敬称略)
(後編へ続く)
■佐藤賢次(さとう・けんじ)
1979年12月14日生まれ、奈良県出身。洛南高、青山学院大を経て2002年に東芝ブレイブサンダース(当時)に加入。11年の現役引退までチーム一筋でプレーした。翌シーズンからアシスタントコーチとして指導者の道に進むと、19年にヘッドコーチに就任。5シーズンで4度のチャンピオンシップ出場、21、22年の天皇杯連覇へ導いた。昨季限りで退任すると、昨年7月にドイツのMHPリーゼン・ルートヴィヒスブルクのアシスタントコーチ就任を発表。川崎に籍を置きながら、新たな挑戦への一歩を踏み出している。(青木 美帆 / Miho Aoki)
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