「違った50代が見えてくる」 海外挑戦中のバスケ元日本一HC、“できない自分”の先に描く未来
THE ANSWER / 2025年1月31日 11時34分
■川崎ブレイブサンダース前HC・佐藤賢次氏インタビュー後編
バスケットボールBリーグの川崎ブレイブサンダースは、前身の東芝時代から数々のタイトルを獲得してきた名門チーム。2016年9月のBリーグ発足以降も、毎シーズンのように優勝候補に挙げられてきた。そんな国内屈指の強豪を、ヘッドコーチとして5シーズン率いた佐藤賢次氏は、退任後の昨夏に周囲が驚く決断をする。ドイツのクラブ、MHPリーゼン・ルートヴィヒスブルクのアシスタントコーチ就任を発表。44歳にして、自身初となる海外での指導者生活をスタートさせた。
ドイツで刺激的な日々を送る佐藤氏を1月初旬にインタビュー。後編ではアシスタントコーチとしてこなしている業務の内容を聞きながら、異国の不慣れな環境だからこそ見えてきた自身の姿や今後のキャリアビジョンについて、率直な思いを明かしてくれた。(取材・文=青木 美帆)
◇ ◇ ◇
BBL(バスケットボール・ブンデスリーガ)1部に所属するMHPリーゼン・ルートヴィヒスブルクのコーチングスタッフは、ヘッドコーチ(HC)のジョン・パトリック、アシスタントコーチ(AC)のラーズ・マゼル、そして佐藤賢次の3人体制。Bリーグではポピュラーになりつつあるビデオコーディネーターやスキルコーチなどの専門スタッフがいないため、ACの業務は非常に多く、多岐にわたる。
佐藤が主に担っているのは、対戦チームのスカウティングと自チームのレビュー。試合映像を見て、対戦相手と自チームに関する情報をひたすら集め、それをまとめてHCとACの2人に渡す業務のかたわら、戦術やHCの意図を噛み砕いて選手に伝える役割も担う。中2、3日の試合日程に合わせ、分析する対戦相手の試合映像は最低3試合、多くて5試合。おそらく全世界のACがそうであるように、睡眠時間を削っての激務だが、佐藤は「久しぶりに楽しいですよ」とさらりと言った。
「今は『FIBAヨーロッパカップ』(ヨーロッパ25か国のプロクラブが出場する国際大会)に出ていることもあって、強制的に膨大なチームの試合を見ることになるのですが、いろいろなバスケットに触れたくてこっちに来た自分にとっては、すごくありがたいことで。いろんな国のいろんな選手を見られるし、コーチやお客さんのスタイルも知ることができる。客席から火のついたものがコートに飛んでくるようなアリーナもあるのですが、そういうことも含めて自分の身になっているなと実感しています」
ちなみに、インポートプレーヤーが多いBBLの公用語は英語。語学面での苦労を尋ねると、佐藤は次のように答えた。
「現役時代から外国籍選手と日常的にコミュニケーションを取ってきたおかげで、英語には慣れていました。ニック(ニック・ファジーカス。昨季限りで現役引退した大エース)というおしゃべりさんがずーっと喋っていたので、ひっきりなしに英語が耳に入ってくるというか(笑)。今は聞くほうは、ほぼほぼ問題ないですが、細かいニュアンスを伝えるにはまだ時間がかかるかなという感じで、もどかしいですね。HCと選手の橋渡しと言いますか、HCの真意が選手まで届かない時に『今のはこういう意味だよ』とか、『コーチはこういう風にしてほしいんだよ』とフォローをすることも自分の役割だと思っているんですけど、無力さを感じることも多いです」
語学面でもどかしさを感じることもあるが「できない自分」を受け止めながら努力を重ねている【写真:Gunnar Rubenach】
■年齢を重ねた海外挑戦だからこそ「冷静に受け止められる」
中学時代にスペインに渡った長男の慎之助くんは、2年間でスペイン語をマスターし、現地の学校を卒業した。佐藤と同じタイミングで渡独した今は、英語、スペイン語、少しばかりのドイツ語を駆使しながら、ルートヴィヒスブルクの下部組織の練習に参加しているという。
「ドイツ語はまだまだ苦戦していますが、日本の漫画の話をしたりしながら頑張ってコミュニケーションを取っているようです。そういう吸収力や順応力は自分にはないものなので、素直にうらやましいです」。佐藤はそう苦笑しつつ、「若返ることはできないですし、微妙なニュアンスを理解させてあげられるよう、もっともっと彼らの力になれるよう、少しずつ、我慢強く勉強するしかないですね」と話した。
昨年12月、クリスマスシーズン真っただ中のドイツで45歳を迎えた。日本にいれば、これまで培ってきたものを生かし、ある程度精神的な余裕を持ちながら対価を得られる生き方も選べただろう。しかし佐藤はあえてそれを選ばず、縁もゆかりもない異国に飛び出した。そして、その決断を大それたものとは捉えていないと言う。
「傍から見たら、B1で5年HCをやった40を超えたおじさんが海外に出るというのは、珍しいことなのかもしれませんが、自分がどうしたいか、何を求めたいのかということにしっかり向き合って決めただけで、特別な選択をしたという感覚はないんです。HCという特殊な仕事が一段落したからこそ、そう思うのかもしれませんね。(HCは)先頭に立ってチームを指揮して、思いもよらないところからひどい言葉が飛んでくることもあるような仕事ですから」
日本にいれば味わわずにいなかっただろう困難も、多々ある。青年のように悩むことも、無力さに苛まれることも、落ち込むことも日常茶飯事だという。ただ、その中でも己や現在地を見失うことなく、粛々と努力を重ねられていると佐藤は話す。
「若くして海外に渡る人たちは『絶対に結果を残してやる』という気持ちが強いと思いますが、自分は年齢もあってそういうギラギラした感じはないので、『できない自分』を冷静に受け止められると言いますか。『今こういうことが言えたらチームにプラスになれるのに言えないな』とか『自分の中途半端な言葉が選手に影響しているのかな』とか『チームに迷惑をかけているな』とかすぐに分かるし、もどかしいんですけど、おじさんだからこそそういうことに必要以上にあたふたせず、成長の糧と捉えて楽しめるのかなと思います」
佐藤はドイツで得た「成長の糧」の1つとして、コミュニケーションの取り方を挙げた。
「これまで僕は、いろんな根拠を積み重ねて結論に持っていくという話し方をすることが多かったのですが、英語はまず動詞が先にくるし、結論に肉付けをしていく言葉。英語主体で会話する生活を送ることで、『自分ははっきり言い切る力が足りなかったんだな』と気づけました。そういうコミュニケーションを自然と取れるようになったら、また違った50代が見えてくるかなという気がしますね」
契約は1シーズン。「川崎に必要なもの」を探し求めながら今季を全力で戦い抜く【写真:Max Vincen】
■全力でやり切ったら「次のステップに行きたい」
佐藤とルートヴィヒスブルクの契約期間は1シーズン。シーズンが終わった後のことは未定だが、さらに1年、また1年とキャリアを重ねていきたいという思いは当然ある。そしていつかは川崎に戻り、自分の知見をクラブと日本バスケ界の未来に役立てられたらと考えている。
「ブレイブサンダースが日本、そして世界に誇れるクラブになるために必要なものを模索すること。それ以外のことは今のところ考えていないです。自分が経験してきたものが全部空っぽになったと思えるぐらいやりきったら、また次のステップに行きたいという思いはもちろんあります。それが現場の指導なのかユースの指導なのか、チームの仕組み作りなのか……。もちろん、またHCになって『なんだ、このチームは!?』みたいな集団を作りたいという欲もありますが、まずは(ドイツでの)今シーズンを最高のシーズンにしなければ、その先なんてない。毎日毎日、先のことを考えずに、できることを全力でやっていければと思っています」
ルートヴィヒスブルクはインタビュー当時、総当たりのリーグ戦の1巡目を終え、9勝7敗で7位だった(17チーム中)。「若い選手が多く、準備したことが遂行できれば上位チームにも勝てるし、できなければ下位チームにも負ける」というチームの総合力を上げるべく、コーチ陣で知恵を出し合っているところだという。
「日本ではしていないような特別なことをしているから強いんだろうな、と思ってヨーロッパに来ましたが、実際に若い選手たちと関わってみると、日本もヨーロッパもそんなに変わらないんです。できないことがいっぱいあるし、経験も少ないですし。じゃあ、何が違うのっていうところをなんとか言葉にできるようになって、日本に帰りたいなと思います」
指揮官として華やかな結果を残した。一方で、振り返りたくないような苦い思いもたくさんしてきた。酸いも甘いも噛み分けてきた40代半ばだからこそできるチャレンジと、そこで得られる財産とは一体何なのだろう。佐藤自身もまだ全容が見えていないという経験が、唯一無二の“おみやげ”として川崎に届く日を心待ちにしながら、遠い場所で戦う彼の健闘を祈りたい。(文中敬称略)
■佐藤賢次(さとう・けんじ)
1979年12月14日生まれ、奈良県出身。洛南高、青山学院大を経て2002年に東芝ブレイブサンダース(当時)に加入。11年の現役引退までチーム一筋でプレーした。翌シーズンからアシスタントコーチとして指導者の道に進むと、19年にヘッドコーチに就任。5シーズンで4度のチャンピオンシップ出場、21、22年の天皇杯連覇へ導いた。昨季限りで退任すると、昨年7月にドイツのMHPリーゼン・ルートヴィヒスブルクのアシスタントコーチ就任を発表。川崎に籍を置きながら、新たな挑戦への一歩を踏み出している。(青木 美帆 / Miho Aoki)
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