平野歩夢は絶対逃げない 命を削り、突破を重ね…生き様が繋げた「日本スノボ黄金時代」の到来
THE ANSWER / 2026年2月14日 10時33分
■連載「OGGIのオリンピックの沼にハマって」第8回
スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト「THE ANSWER」ではミラノ・コルティナ五輪期間中、連載「OGGIのオリンピックの沼にハマって」を展開。スポーツ新聞社の記者として昭和・平成・令和と、五輪を含めスポーツを40年追い続けた「OGGI」こと荻島弘一氏が“沼”のように深いオリンピックの魅力を独自の視点で連日発信する。第8回は、平野歩夢(TOKIOインカラミ)がもたらした「スノボ黄金時代」。
◇ ◇ ◇
平野歩夢の5回目の五輪が終わった。大会直前の骨折で出場も危ぶまれる中、2回目のランを通して7位入賞。メダルにこそ届かなかったものの「今できるベストを」の言葉通り、ギリギリの状態でも最後まで挑戦する姿を見せた。「チャレンジ」。日本のシーンを引っ張ってきた平野の姿勢が、日本に「スノボ黄金時代」をもたらした。
どこまでもチャレンジングだ。誰もが出場不可能と思うような大けがを負いながら「1%でも可能性があるなら」とあきらめなかった。「ひざの感覚がない」という状態で挑んだ決勝。試合後には「結果としては悔しい」と言いながら「生きててよかった」。命をかけてまでの挑戦が、最後まで平野らしかった。
多くの五輪メダリストを見てきたが、平野は異質だ。誰もが4年に1回の大会で金メダルを取ることを目指し、そこから逆算して力をつけていく。しかし、平野は違う。もちろん、五輪のメダルは大きな目標であることは変わらないが、そこだけにフォーカスしているようには思えない。
すべてが「チャレンジ」なのだ。目の前のできることに1つ1つ挑戦していく。挑戦を繰り返した先に五輪がある。「チャレンジ」を決めたら、逃げることはない。リスクを恐れることもない。身体を張り、命を削り、とことん向き合って突破してきた。
18年11月、スケートボードで東京五輪に挑戦すると表明した時、無謀だと思った。スノボと並行してやっていたのは知っていたし、二刀流は話題にもなった。ただ、現実的には出場は至難。父・英功さんですら「無理じゃないかな」と話していたほどだ。
それでも「チャレンジできるのにスルーする選択肢はない」と言い切った。22年北京五輪で金メダルを狙うことを考えたら、とんでもない遠回り。東京五輪が新型コロナ禍で1年延期になり、北京五輪までの期間は半年になった。周囲から「スノボに専念したほうが」という声が出るのも無理はなかった。
満身創痍の中、挑戦し続けた平野【写真:ロイター】
■「チャレンジ」を続ける平野の影響…メダル無くても計り知れない
結果として平野は驚異的なスピードでスケボーの成績を上げて東京五輪に滑り込み出場。「冬夏で五輪出場」の目標を達成すると、すぐさまスノボに専念。見事に北京で金メダルを手にし、ショーン・ホワイト(米国)から王座を継承した。
15歳で14年ソチ大会の銀メダリストとなり、18年平昌大会で2大会連続メダル獲得、21年東京大会でスケボー代表になり、22年北京大会で初の金メダルを獲得した。競技の合間にはバックカントリーで滑り、ビデオの撮影もする。尽きることのない平野の「チャレンジ」が、20歳前後の「黄金世代」を刺激してきた。
もともと、スノーボードのカルチャーが「チャレンジング」だ。人と同じトリックではなく、自由な発想から生まれる独創的なトリックが好まれる。そこに平野のようなロールモデルが現れた。
平野がソチで銀メダルを手にした時、今大会に出場している選手たちは小学生(平野自身も中学生だけど)。他競技のメダリストとは違うクールでかっこいい姿に憧れた。「歩夢クンのように」。単に競技成績だけでなく、その発言や行動、生き様が目標になった。
今大会、スノボフリースタイル4種目(ビッグエア男女、ハーフパイプ男女)で金メダル3、銀メダル1、銅メダル2。日本選手はすべて予選を突破し、各種目12人の決勝に4人ずつ、計16人が出場した。「スノボ王国」と呼ばれた米国は半分以下の7人だけ。その数字だけでも、日本スノボ界の躍進が分かる。
驚いたのは、その全員が「チャレンジング」だったこと。すべてのトリックに全力。順位を計算するようなことはせず、みな自らのベストパフォーマンスを披露しようとする。もちろん、それが競技の特性でもあるのだが、そこに「チャレンジ」を続ける平野の影響があるのは間違いない。
パイプの5メートルも上まで飛び上がるハーフパイプ。雪は固められてコンクリートのようになる。少しミスすれば5階建てのビルからアスファルトの地面にたたきつけられるようなもの。「命がけ」は大げさではない。ケガの影響で身体の自由がきかない状態ならなおさらだ。それでも「チャレンジ」から逃げない平野。メダルなどなくても、その姿勢だけで後進に与える影響は計り知れない。
「ここに立てて、自分ができるマックスに向き合ってチャレンジできた」と、満足そうに振り返った平野。「無事にけがなく、身体が戻ってきて、生きていてよかったなと」と笑顔もみせた。オーバーではなく何度も死にかけてきただけに、その言葉は重い。ただ、生きていればまた「チャレンジ」できる。
五輪5大会に出場しているとはいえ、まだ27歳。「若手」が多い競技でベテランになったが、これからも「チャレンジ」をやめることはないはずだ。「悔いなく、前に進んで行こうと思います」。平野の挑戦が終わることはない。(荻島弘一)(荻島 弘一 / Hirokazu Ogishima)
荻島 弘一
1960年生まれ。大学卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ部記者としてサッカーや水泳、柔道など五輪競技を担当。同部デスク、出版社編集長を経て、06年から編集委員として現場に復帰する。山下・斉藤時代の柔道から五輪新競技のブレイキンまで、昭和、平成、令和と長年に渡って幅広くスポーツの現場を取材した。
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