世陸リレーでの日本銅メダル快挙の裏に隠れたドラマ

THE PAGE / 2017年8月13日 14時30分

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日本短距離陣の世界陸上初の銅メダル獲得の裏には、数多くのドラマが。左kら多田、藤光、飯塚、桐生(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 昨年のリオ五輪に続く「メダル」を目指した男子4×100mリレー。日本は1走・多田修平(関学大)、2走・飯塚翔太(ミズノ)、3走・桐生祥秀(東洋大)、4走・藤光謙司(ゼンリン)というオーダーで臨み、38秒04で3位に入り、銅メダルを獲得した。大会9日目(8月12日)にして、日本勢に今大会初のメダルをもたらした4継チームだが、その舞台裏には数々のドラマが交錯していた。

大会6日目(8月9日)の男子200mでサニブラウン・ハキーム(東京陸会)が準決勝突破を決めたとき、日本陸連短距離担当の苅部俊二・五輪強化コーチの頭のなかには、1走・サニブラウン、2走・飯塚、3走・桐生、4走・ケンブリッジ飛鳥(Nike)というオーダーが固まりつつあった。

「200mの準決勝が終わったとき、ハキームは『いけるかな』という感じがあったんです。本番の前日にリレー練習をやってみて、良ければ起用する方針でした。1走にするか、アンカーにするかは確定してなかったんですけど、1走が有力でしたね。しかし、翌日の200m決勝でああいうかたちになって、起用するのは難しいと判断しました」

 大会7日目(8月10日)の男子200m決勝でサニブラウンは右ハムストリングスに痛みが出て、後半に失速。史上最年少で男子200mのファイナルに進出した19歳のリレー起用をあきらめ、多田の1走を決めた。そして、大会9日目(12日)の10時55分から行われた男子4×100mリレー予選(1組)には、1走・多田、2走・飯塚、3走・桐生、4走・ケンブリッジというオーダーで出場。アメリカ、イギリスに続く38秒21の3位で予選を通過するも、苅部コーチは決勝で「メダル」を狙うべく“手術”を決断した。

「今回はメダルを獲りにいきたいと思っていたので、予選からメダルを狙えるメンバーで臨みました。でも、予選のタイムは6番目で、上位のジャマイカ、アメリカ、イギリスとはタイム差がありました。何か手を施さないと、メダルには届かない。足長(バトンパスの距離)をいじることはもちろん、メンバーを変えることも我々の選択でした。予選のレースを見て、4走・ケンブリッジがバトンに不安があり、リオ五輪と比べて走りも精彩を欠いていました。相当悩みましたけど、チェンジすることにしました」

 新たにアンカーに抜擢されたのが31歳の藤光だった。
   

 16時30分から予定していたミーティングの前に、苅部コーチは藤光を呼び出して、体調とメンタル面を確認。5分ほど押してスタートしたミーティングで、4走のメンバーチェンジを発表した。

「我々はいろんな走順を想定してきました。富士吉田の合宿(7月後半)でケンブリッジは脚を痛めていた影響で、ほとんど練習ができない状態でした。そのときは、藤光にアンカーをやらせていましたし、桐生との相性もすごく良かったんです。予選が午前中にあったので、決勝まで時間がありません。大出術は避けて、プチ手術くらいにしたい。あとは、足長をどうするのか。予選の映像、データなどを確認したうえで、最終決定しました」

 そして、21時50分。男子4×100mリレー決勝のレースに多田、飯塚、桐生、藤光の4人が登場した。日本は一番外側の9レーンに入ったことが幸運の始まりだった。1走・多田は、「僕は直線の方が得意なので、カーブが緩やかな9レーンは、予選の5レーンよりも走りやすかった。予選よりもカラダの軽さも違いましたし、スタートも決まっていたので、あとは飯塚さんのことを信頼して、バトンをぶち込むことだけを考えて走りました」と好スタートを切り、2走・飯塚に好位置でバトンを託した。

 多田の勢いを受け継いだ飯塚の走りも素晴らしかった。

「予選はバトンがすべての区間で失敗したんです。でもバトン次第では、タイムをもっと縮められて、メダル争いにも絡めると思っていました」と飯塚。3走・桐生はもっと大胆に仕掛けていた。「藤光さんのところは練習時よりも1足分伸ばしたんです。決勝は1番か8番かというくらい攻めのバトンで行きました。僕の調子も良かったので、絶対に追いつける」。桐生から藤光へ、バトンがピタリと渡る。アンカーの藤光は、イギリス、アメリカ、ジャマイカを追いかけるかたちで走り出した。
 
 日本のメダルは厳しい状況だったが、リレーレースは何が起こるかわからない。ほどなくして、6万5千人の大歓声が悲鳴に変わった。3番手でバトンを受けたウサイン・ボルト(ジャマイカ)が、40mほど走ったところで、左ハムストリングスを痛めて失速。残り30m地点で倒れこんだのだ。

 メダルを目指して前を追いかけていた藤光は、「ボルトが止まったのは横目で見えましたが、それは気にせず、自分のレーンだけを見て、自分の走りに集中しました。順位はなんとなく良さそうだという感覚はあったんですけど、確認する余裕はありませんでした」と歓喜の瞬間に気づくことなく、フィニッシュラインを駆け抜けた。ボルトの“ラストラン”は衝撃の結末になり、その大混戦の隙を突いて日本が銅メダルをゲットした。
   

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