亡き兄の力!? 芸能界から消えそうで生き残ってる鈴木蘭々

tocana / 2013年12月10日 12時40分

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 女優であり、歌手の鈴木蘭々が12月6日、芸能生活25周年を記念したライブ『ふぁいと』を開催。長年応援し続けてきたファンの前に元気な姿を見せた。このライブで鈴木は、持ち歌14曲を披露するなどして自身の感謝の気持ちを歌で表現している。ライブそのものは15年ぶりとのことだったが、その堂々たる歌声にはファンも大満足だったようだ。

 鈴木といえば、デビューのきっかけは1989年の第1回ミスチャンピオン。このコンテストで準グランプリを受賞し、以降は雑誌やCMでの露出により、多くの男性に認知されることとなった。しかし、しばらくはなかなか思うように仕事が入ることはなく、鈴木自身も身の振り方に苦慮していたようだ。

 90年代に入ってから数年が経過した頃、ようやくテレビ番組にも積極的に登場することとなり、フジテレビ系の人気子ども番組『ポンキッキーズ』では安室奈美恵と共にシスターラビッツとして出演していた。

 この番組で長い間レギュラー出演を続けていた鈴木は、一方で歌手としても活動を開始することとなる。『ポンキッキーズ』では童謡をアレンジした楽曲を安室と一緒に歌っていたことから、歌唱力も注目されていたという。歌手としての活動の際にはLANLAN名義を使っており、シングル曲は数々の番組のテーマソングとして起用されることとなった。

 あわせてドラマやバラエティ番組などでも鈴木が登場する機会は増え、1998年からしばらくの間、自分の価値観を大きく変えるべく単身ニューヨークに留学するなど、活発に国内外を行き来している。


■演劇関係者も舌を巻く鈴木の「代打屋」稼業

 2000年代に入ってからは、主に映画や舞台での活動に傾倒するようになる。特に舞台での存在感は抜群で、主演が急遽体調不良などで降板した際には、鈴木に声が掛かることが非常に多い。十分な稽古の時間を取らずとも、期待以上の実力を発揮することから、業界では「代打屋」の呼び名で重宝されているということだ。
■デビューまでの険しく長い道のり、打開したのは兄の愛情だった

 こうして見ると雑誌の表紙からCM、ドラマに歌手、そして舞台と、おおよそほとんどのエンターティンメントに縁があったように思える鈴木だが、彼女が芸能界にデビューするまでには、非常に多くの苦労があったという。しかし、諦めずにたくさんのオーディションを受け続けてきた彼女を支えていたのが、家族の支え。とりわけ鈴木が人気を得る直前に亡くなってしまった次兄の優しい眼差しは、大きな励みだったということだ。その様子については、今回開催されたライブのステージで本人もこう振り返っている。

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