インカ時代の20代女性のミイラ、死因は宗教儀式の生け贄だった!? 500年前一体何があったのか?【最新研究報告】

tocana / 2014年3月3日 9時45分

 三つ編みにされた髪の毛などを見ると、当然のことなのですが、今から数百年前に彼女が実際に生きていたのだという事実に思いを馳せずにはいられません。

 この女性のミイラは、1890年代にチリのアタカマ砂漠で発見され、博学だった当時のバイエルン王女テレーゼが自国に持ち帰ったものです。その後、現在に至るまでバイエルン州立考古学収集館で長らく保管されてきましたが、この度、ミュンヘン大学の古生物病理学者アンドレアス・ネルリッヒ氏によって頭蓋骨や組織、DNAが詳しく調査された結果、彼女の死因と人生の一端が判明してきました。

【画像はコチラ→http://tocana.jp/2014/03/post_3731.html】

 今月26日、学術誌「PLoS ONE」にて発表された内容によると、女性の年齢は20歳~25歳。彼女が生きていた時代は、16世紀前後のインカ時代でした。そのおさげ髪の根元は、外国からもたらされたと思われる細いロープによって固定されており、ヘアバンドはアルパカやリャマの毛から作られています。彼女が主に食していたのは、海産物やトウモロコシでした。

 興味深いのは女性の死因です。調査によって、彼女は中南米に見られる「シャーガス病(寄生性の原虫であるクルーズトリパノゾーマによる感染症)」という感染症を発症しており、命が危険にさらされている状態であったと考えられるそうです。

 しかし彼女は「シャーガス病」で死んだのではなく、宗教儀式の生贄となって殺された可能性が高いといいます。CTスキャンによって、頭蓋骨の額部分が粉砕していることが判明したのです。鋭利な刃物で複数回にわたって刺されたことによるものだとされています。

 その後、女性はすぐにアタカマ砂漠に埋葬されたため、熱い砂と乾燥した気候が遺体をミイラへと変えました。インカ帝国において、子どもや女性を生贄として神に捧げる行為は「カパコチャ」として知られていますが、彼女もその儀式のために殺された一人であったということが、発見後100年以上の時を経て判明したのでした。彼女のミイラは、バイエルン州立考古学収集館において8月中旬まで一般公開されています。ドイツを訪れる予定のある方は、彼女に会いに行ってみてはいかがでしょう。
(ヨムノ・トルグ)

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