ボンテージ・調教・SM連続殺人犯! ジョン・エドワード・ロビンソン、身の毛もよだつ人生と犯罪履歴とは?

tocana / 2014年3月10日 18時0分

 インターネット使った犯罪が近年世界各国で増えてきている。インターネットのSNSを使い、犯罪者が被害者を探すケースも多い。

 90年代後半、アメリカでSM愛好家たちが集うチャットルームに「奴隷のご主人様」というハンドルネームで出入りし、奴隷志願の女性に声をかけ、次々と殺害した男がいた。初のインターネットキラーと呼ばれたジョン・エドワード・ロビンソンである。

 窃盗罪のような軽犯罪から、殺人罪。身の毛もよだつホワイトスレイブリにも関わっていたと見られているジョンは、まさしく犯罪のデパートのような男だった。嘘つきでホラ吹きだったが、人当たりがよく、人を安心させ信用させる能力に長けていたため、多くの人が彼に騙された。

 どこにでもいるような平凡な外見のジョンは、一体、どのような犯罪人生を歩み、連続殺人を犯すようになっていったのだろうか。


■ジョンの幼少期 将来は神父に

 1943年12月27日、イリノイ州シセロで5人兄弟の3番目として誕生したジョンは、アル中のだらしない父親と厳格な母親の家庭に育った。目立たない存在だった彼は13歳のときにボーイスカウトに入り、「将来は神父になりローマで働く」と宣言し、周囲を驚かせた。夢を叶えるため、カトリック教会の神学校に進学したが、成績が悪すぎて落第。たった1年で中退し、放射線医学の専門校に転校したが、そこも2年でやめてしまった。当然、放射線技師の資格は取得できなかったのだが、偽の証明書を作り22歳のときにミズーリ州カンサスシティの小児病院に就職。この偽造罪はジョンの長年に渡る犯罪歴における最初の犯罪だと伝えられている。


■就職したジョン

 小児病院の同僚たちは、ジョンがあまりにも無能のため、本当は資格を持っていないのではないかと疑ったが、彼はひるまなかった。翌年、彼は偽りに満ちた立派な履歴書を作り、トルーマン元大統領の主治医が経営するクリニックに転職。見事、キャリアステップアップした。人当たりがよかったジョンはこの医師から信頼を得て、それを利用しクリニックの銀行口座から不正に金を引き出したり、患者やスタッフと浮気をするようになった。ジョンは21歳のときナンシー・ジョー・リンチという女性と結婚しており、双子の息子も生まれていたが、「妻は病気で末期の状態。セックスできないんだ」と嘘をつき、同情を買いながら浮気していたのである。まさにやりたい放題していたジョンだが、26歳のときに全てばれ、3万3000ドル(約330万円)を横領したという罪で逮捕、起訴されるはめとなった。なお、この時は初犯だったため禁錮刑は免れ、3年間の保護観察期間が下されたのみ。ナンシーとも結婚生活を続けることに。

tocana

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