【日本怪事件】無期懲役刑、仮出獄者が起こした忌まわしい事件!! 離婚話で逆恨み ~犯罪を繰り返した男の心の闇~

tocana / 2014年5月11日 8時0分

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――日本で実際に起きたショッキングな事件、オカルト事件、B級事件、未解決事件など、前代未聞の【怪事件】を紹介する...!

【今回の事件 熊本母娘殺人事件 森川哲行】

 死刑制度の可否を論ずるときに意外と語られることが少ないのが、殺人などの重大犯罪を犯した犯罪者が、無期懲役を科せられて仮釈放され、社会に出て再び重大犯罪を犯すケースだ。そんな事例の1つを紹介しよう。

 森川哲行は、昭和5年4月10日、熊本県の有明海に面した飽託郡(ほうたくぐん)有明町海路口で生まれた。

 漁師だった父親は喧嘩で殺され、母親は出て行き、再婚した。森川は、父方の叔母夫婦の元で育てられた。高校を中退すると、傷害や横領を繰り返し、20歳までに前科7犯の罪を重ねている。


■森川の結婚 悲劇の始まり

 全国の工事現場を転々として、あちこちで傷害沙汰を起こしていた森川が、熊本に落ち着くようになったのは、27歳の時。昭和33年だった。同じく27歳の、祥子さん(仮名)と見合い話が持ち上がったのだ。祥子さんは森川と似た境遇で、叔父夫婦の元で育てられていた。そこに出入りしていたミシンの営業マンが、森川を紹介したのだ。彼の前科などは知るよしもない。森川の「まったくの下戸ですけん、一滴も駄目ですたい」という言葉を疑うこともなかった。

 昭和34年に結婚。森川を育てた叔母夫婦が家まで建ててやり、皆から祝福され、その年と翌年に、次々と男の子を授かった。森川は最初、海苔の行商をしていたが、子供が生まれると働かなくなった。昼間から焼酎を飲み、妻へ殴る蹴るの暴力を振るい、ナタを振り上げて彼女の腕に骨に達するまでの傷を負わせたこともあった。

 離婚を決意した祥子さんは、仲人にもなってくれた育ての親の叔父夫婦に相談した。昭和37年9月15日、叔父夫婦の家で、森川と祥子さん、叔父夫婦と、祥子の実母である森野ハツメさんで話し合いの場を持った。

 しかし、森川は働かないこと、暴力を振るうことを責められると家を飛び出てしまった。いくら待って戻ってこないため、祥子さんと母親のハツメさんは叔父夫婦の家を辞し、ハツメさんの住む実家に帰るために、バス停に向かった。


■最初の殺人

 バス停の待合室に、森川がいた。2人で話したいという森川。ハツメさんもそれを承知した。「子供が可愛くないんか。帰ってきてくれ」「子供は私が引き取りますから、もう別れてください」と言葉を交わした直後。森川は懐から切り出しナイフを取り出し、「ええい、くそ」と言って、祥子さんの脇腹と胸を指した。少し離れたところからそれを見たハツメさんが駆け寄る。森川はハツメさんにもナイフを向け、胸や腹を突き刺した。

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