オウム菊地直子と性愛日記! 男性信者との禁断の性生活、2つの葛藤

tocana / 2014年5月20日 8時0分

写真

 事件記者が綴るアノ事件の裏側――!

 1995年の東京都庁小包爆弾事件で、殺人未遂ほう助罪などに問われたオウム真理教の元信者、菊地直子被告(42)の裁判員裁判が始まった。逮捕直前まで内縁の夫と2人でひっそりと潜伏生活を送っていた菊地被告。裁判でも、彼女の「女」としての性を感じさせる一幕があった。

 事件を計画した元幹部の井上嘉浩死刑囚(44)が証人として出廷した時のことだ。

 菊地被告の教団内での役割を説明する中で、元幹部の中川智正死刑囚(51)の名前を挙げ、「中川さんと菊地さんは戒律を破った。恋愛関係にあり、身体接触があった」と暴露したのだ。

「学生時代にマラソンの経験があった菊地被告は、教団の陸上部に選手として所属。中川死刑囚はその指導役だった。師弟関係から男女の仲になっていったのだろう」(オウム事件を取材した週刊誌記者)

 当時、菊地被告は20代前半の女盛り。禁欲的な教団生活の中でも、わき上がる性衝動に抗えない時もあったのか。
 
 長い逃亡生活の中で残した"日記"にも、そんな弱さを垣間見せていた。

「1996年11月、菊地が埼玉県所沢市のアパートに潜伏していることを捜査員がキャッチ。現場に踏み込んだが、彼女は直前に脱走した。そこに残されていたのが、ピンク色の表紙のルーズリーフノートだった」(当時の事情を知る捜査関係者)

 関係者によると、走り書きのようなメモで、女性らしい丸っこい細かい文字でびっしりと文字が書き込まれていたという。「二つの葛藤」との書き出しで始まる、その内容は驚くべきものだったという。

「書き込みの大部分は、ほかの男性信者への思いや、自分との関係について綴られたものだった。特に、同じ逃亡犯の身だった平田信(被告)には明らかな愛情を抱いていたようで、平田への執着が文章の節々からうかがえた」(同)

 教団の教義ではタブーとされていた男女の交わりについての描写もあったという。

「彼女は、もてあまし気味の性欲を『邪悪心』と表現して何とか抑えようとしていた。男の優劣を教団内での地位で図っているような所があり、教団内ではかなり上の地位にあった林泰男死刑囚にも憧れていたようだ。他の女性信者への嫉妬心もあけすけに綴っていた」(先の捜査関係者)

 菊地被告は逃亡生活の当初は、同じオウム手配犯だった高橋克也被告と行動をともにしていた。

 しかし、その高橋被告に対しては、愛憎にも似た複雑な思いを抱いていたようだ。
「高橋に『無理矢理性交を強要された』という趣旨の書き込みをしている。内容から、所沢市のアパートに潜伏していた時にそのような出来事があった可能性がある。そんなこともあってか、彼を軽蔑しきっていたようだ」(同)

 オウムの動向を監視する公安調査庁の調査員によると、オウムの逃亡犯はそれぞれ男女一組になって行動していた。組み合わせは教団内での地位によって決められ、多くは男性が上位で女性が下位のペアだったが、菊地被告と高橋被告の場合は違ったという。

「高橋被告は教団内では何の位についていない下っ端。菊地被告のほうが位が上で、逃走資金の1,000万円も彼女のほうに預けられた。菊地被告には、納得できない部分もあったはずだ」(事件を取材した大手紙の元社会部記者)

 逃亡生活の中で残した"日記"には、「オウムの女」として生きた菊地被告の情念が込められていた。
(文=KYAN岬)

tocana

トピックスRSS

ランキング