米で話題の「犬を食べることについての議論」が深く考えさせられる ― なぜ、犬はダメなのか?

tocana / 2014年8月3日 8時0分

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 犬は最も古くから人間と暮らしている動物といわれ、アメリカでは「人間の最良の友(Man's Best Friend)」として愛されている。放牧地帯では、羊や牛などの家畜を追い、門番として人を守り盲導犬や麻薬、爆弾を探知する警察犬としても人のために働いている。そして多くの犬が「愛玩動物」と呼ばれ、家族の一員として深い愛情を受けて暮らしている。

 しかし、東南アジアでは他の食肉同様、犬を食べる文化がある事をご存じだろうか。これに関して現在、アメリカでは熱い議論が交わされているようだ。7月24日に「CNN」、そして翌日25日に「THE WEEK」にて掲載された記事を合わせてお伝えしたい。

【画像はコチラ→http://tocana.jp/2014/08/post_4554.html】


■犬を食べる事についての議論

 犬を食べる事について意義を唱えるのは馬鹿げているかもしれない。しかし、合理主義という物が人間の感情から切り離された時、それはとても粗野で通俗的、そして品のない物になるようだ。今回この議論の元となったのはアメリカ大手報道局「CNN」に、ジャーナリストのジョン・D・サッター氏が寄稿した「犬を食べる事についての議論」だ。

 現在5,000件近くのコメントが「CNN」に、フェイスブックにも約4,000件がつけられている。サッター氏は犬を食べるというアイデアに嫌悪を示しているが、それは他国の文化への反論ではなく、人が愛する犬を奪われた事への嫌悪だ。そして彼はこの議論についてジレンマと共に「我々は食肉についてもっと深刻に考えるべきだ」と警告する形でコラムを締めくくっている。


■犬食がダメな理由を考える

 サッター氏はまるで暗闇の中を手探りで探るようにこの議論の答えを捜す。そして彼は「いくら犬の肉を食用として正規のルートで輸出入しようが、どれだけ素早く、犬を苦しめずに殺そうが関係ない。犬を食べるべきではないのだ。では、他の動物はどうなのだろう? 私達が日々、口にしている動物達と犬との違いは何なのか? 家族の一員として暮らし、彼らの目を見つめて語りかける、共に歩く、そして彼らの排泄物だって拾い上げて始末する。呼吸をし、そして生きているのだという事を身近で実感するからこそ私達は犬を食べるべきではない、と思うのかもしれない」と書いている。

 牛や鶏を知らないなどと言っているのではない。しかし私達は牛や鶏を食糧として捉えており、それを前提に牧場などで育てている。事実、家族で牧場を経営していて屠殺してしまう動物たちに、子どもが名前をつけて「私達は今日、○○を食べているのよ!」などと言う事はあり得ないだろう。というわけで、「犬は家畜ではない=食べるべきではない」という理由にたどり着いたようだ。

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