人間イモムシと呼ばれた「ランディアン王子」 ― 工作に長け、多数の言語を操った王子の人生

tocana / 2014年9月6日 7時0分

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 いつだったか、海外の不思議系メディアをサーフィン(これって死語、もしかして?)中に、とんでもない画像を見つけた。人間イモムシこと、「ランディアン王子」(Prince Randian/1871?~1934年)の、堂に入った寝そべり姿だ。

 その時は、「王子様」の称号と、酸いも甘いも噛み分けた見性成仏ともいえる高貴なお顔から「遠い昔、中東かアジアのどこか見知らぬ国にそんな王族がいたのかなぁ」と、思いを馳せたままそれきりになってしまったが、ここ数日、ふと思い出して調べ、今回ご紹介させていただくことにした。

【その他の画像はこちらから→http://tocana.jp/2014/09/post_4784.html】


■王子なのに畸形芸人

「ランディアン王子」は、以前記事を書いた「テキサスの四本足少女」ことジョゼフィン・マートル・コービン同様、20世紀初頭のアメリカで、絶大な人気を博した畸形芸人だ。またの名をスネークマン、生きたトルソー、人間イモムシとも。

 だが、四本足少女のマートルとは逆に、このプリンスには生まれつき、両手と両足がなかった。画像をご覧いただきたい。

 5世紀半ば頃、インドから中国に禅宗を伝えた達磨大師(岩壁に向かって座禅に打ち込むあまり、手も足もなくなってしまっというあの伝説の人物)を思わせるふしぎな艶姿だ。

 これは、「テトラアメリア症候群」と呼ばれる、きわめて稀な先天性障害。Wnt3(体内の細胞から産生される分泌型のタンパク質)にかかわる遺伝子の変異が引き起こすとされ、テトラ無肢症候群とも言う。


■生まれた国は「ガイアナ」 サーカスに流れ着いた王子さま

 王子は1871年頃、奴隷である両親の下、旧英領ガイアナ(現在のガイアナ共和国)のデメララというところに生まれたらしい。そして1889年、たぶん18才のとき、稀代の興行主P.T.バーナムの目にとまり、アメリカに「輸出」された。物の売買とされたのか、それともきちんと契約をとり交わしたのか、そのあたりはちょっとわからない。

 さて、バーナム氏とは、1871年に、ニューヨークはブルックリンに「バーナムのアメリカ博物館」を立ち上げた、歴史上最も有名な見世物興行主の1人だ。彼のショーはサーカスと動物園、またフリークス(畸形の人々)と蝋人形がまぜこぜになった、当時の一大アミューズメントで、「160才の黒人女性」や小人の「親指トム将軍」など、市民の魂の闇の部分をざわつかせる怪スター、珍キャラを多数かかえていた。

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