古代エジプト人はアメリカ大陸に渡っていた!? 証拠多数、世界史を覆す大発見か

tocana / 2016年3月28日 16時0分

 ということは、紀元前1000年あたりに古代エジプト文明がアメリカ大陸と何かしらの接触をもったと考えられることになる。古代エジプト人がアメリカ大陸に到達したのか、あるいはアメリカ大陸の先住部族などと交易があったことになるわけだ。

“歴史”上、ある程度正確な世界地図の登場は大航海時代を経た16世紀後半以降を待たねばならないが、一説によれば古代文明はそれよりも数千年も前から全世界の地理をそれなりの精度で把握していたといわれている。とすれば、古代エジプト文明がアメリカ大陸を知っていても不思議ではないのかもしれない。


■グランド・キャニオンに古代エジプト文明の象形文字

 アメリカ・アリゾナ州北部に広がる雄大な観光名所のひとつであるグランド・キャニオンだが、なんとここに古代エジプト文明の痕跡が認められるという。

 話は百年以上前にさかのぼるのだが、1909年4月5日の地元紙「Arizona Gazette」の一面を飾った記事は、グランド・キャニオンの一角を占める美しく迫力のある景観で人気のマーブル・キャニオンの岩肌にいくつかの異様な洞窟があり、その中に文化的遺物が残されていることを報じていたのだ。

 記事は共に米スミソニアン博物館の研究者であるS・A・ジョーダン教授とG・E・キンケイド氏によってレポートされており、教授らは洞窟の中で象形文字のようなものが刻まれた石版を発見したと報告している。そしてこの象形文字のような刻印は、古代エジプト文明で使われた文字であるヒエログリフだと主張しているのだ。

 残念ながら証拠の石板や写真などは残されていないのだが、ひょっとするとスミソニアン博物館に秘密裏に保管されているのではないかという憶測もあるようだ。この件に関しての物証は、今のところ当時の新聞紙面だけということになるが、古代エジプト文明とアメリカ大陸の関係を示すアッと驚くような遺物が、今後どこかのタイミングで世に公表されるのかもしれない。


■エジプト文明には大型の船舶があった

 もし古代エジプト人がアメリカ大陸に渡っていたとするならば、どんな船を使ったのだろうか。これについては、すでに確認されている古代エジプト文明の遺物から類推が可能である。

 現在のエジプト・ルクソール西岸には、古代エジプト唯一人の女性ファラオであるハトシェプスト(紀元前1479年頃~紀元前1458年頃)の命によって建造された「ハトシェプスト女王葬祭殿」がある。この神殿の装飾壁画(レリーフ)に、ハトシェプストの一大事業であった「プント遠征」における海路で使われた船の絵が描かれているのだ。

 最低でも200人の乗組員が乗船していたといわれ、金をはじめ動植物などさまざまな交易品が運ばれていたことがわかっている。古代エジプトの最も重要な貿易相手国で「神の国」とも呼ばれていたプントは、エジプトの南東、現在のエチオピアやソマリアにあったとする説が有力だが、まだ特定はされていない。ともあれ、確かにこの大きさの船舶数隻で艦隊を組めば、アメリカ大陸への到達も可能であったのかもしれない。

 日本人は江戸時代の鎖国という歴史的な記憶があることからも、昔にさかのぼるほど世界が“狭い”というイメージを抱きやすいかもしれないが、大陸の古代文明が狭い世界の中だけで完結していたと考えるのは確かに性急に過ぎるだろう。そして古代エジプト文明の影響が、思いもよらない場所にも及んでいたと想像をめぐらせてみるのも、ロマンに溢れる“思考実験”かもしれない。
(文=仲田しんじ)


※画像は「Wikipedia」より

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