“誤訳”で逮捕され「人生壊れた」女性も…司法通訳人の実態と課題 25年超携わる男性「間違いや訳し忘れある」
東海テレビ / 2024年12月21日 21時0分
外国人が関わる事件や裁判で通訳をする『司法通訳人』は、誤った通訳をしてしまうと冤罪を生むなど人の人生を左右しかねない重要な役割を担っている。しかし、必要不可欠な仕事でありながら、なり手は年々減少していて、現役の司法通訳人は「安定した収入を得られるのは難しい」と実情を話す。
また、通訳の間違いが原因で無実の罪で逮捕されてしまった女性は、「私の頭から消したい」と話し、今も苦しみ続けている。
■2年以上勾留され…無実で逮捕された女性「私の人生壊れた」
三重県松阪市に住むフィリピン国籍のオクイ・ローズメリー・アロチャさん(44)は、一つの誤った通訳をきっかけに“無実の罪で逮捕”されることとなり、人生が変わってしまった。
2021年、三重県警の警察官が突然自宅に訪れ、「知人に覚醒剤を譲り渡した」という身に覚えのない容疑で逮捕された。
オクイ・ローズメリー・アロチャさん:
「びっくりしました。何があった?私何した?何か悪いことした?何もしてない」
逮捕のきっかけとなったのは、オクイさんの知人のスマートフォンに残されたメッセージのやり取りだ。
メッセージには「Brad may damo ka?」と書かれている。これは知人がオクイさんのアカウントにタガログ語で送ったものだ。日本語に訳すと「Brad(ブラッド)、葉っぱある?」となる。
警察はメッセージのやりとりなどから、覚醒剤を渡したのはオクイさんだと判断し、逮捕した。
オクイ・ローズメリー・アロチャさん:
「私、通訳の人に言ったけど『Brad』は男(に対する呼称)なんですよ。私じゃないです」
『Brad(ブラッド)』とは、タガログ語で「兄弟」を意味する『Brader』を省略したもので、通常は“親しい男性に対して呼びかける際に使われる言葉”とされている。
警察の取り調べの際、メッセージのBradは誰のことかと聞かれた知人が、オクイさんの愛称である「アイコ」と回答した。担当した通訳が疑問を持たず「アイコ、葉っぱある?」と誤って訳した為、それがそのまま証拠となってしまったという。
オクイ・ローズメリー・アロチャさん:
「何もしてないのに有罪、それおかしいやろ。何もしてないのに。だから戦わないといかん。それが私の気持ち」
裁判で、オクイさん側は「メッセージのBradは男性への呼びかけであり、オクイさんに対するものではない」として、終始無罪を主張した。
2024年3月、津地裁の判決では、津地裁は捜査段階での不自然な訳を問題視し、「Bradという言葉自体から、メッセージの相手が“アイコ”であるとは特定できない」と認定し、無罪判決を言い渡した。
オクイさんは、逮捕されてから2年以上にわたり勾留されていた。
オクイ・ローズメリー・アロチャさん:
「私の人生壊れた。何もしてない。すごい辛かった」
■「通訳は機械と違う」必要とされる司法通訳人 なり手は年々減少…
オクイさんの人生を揺るがしたのが、事件や裁判の際に外国人の容疑者や被告を通訳する「司法通訳人」だ。国際化が進む今、欠かせない存在となっている。
愛知県に住む橋本さん(仮名・65)もその1人だ。事件や裁判という秘匿性の高い内容を扱うため、匿名で取材に応じてくれた。ポルトガル語を操り、25年以上にわたって、裁判での通訳に加え、警察や検察の取り調べの通訳に携わってきた。
橋本さん:
「あまり知られていない仕事ですし、確立されていませんからね」
司法通訳の中でも裁判を担当する「法廷通訳」は、裁判所のホームページで募集されていて、希望すれば誰でも応募可能だ。面接を行い、適正があると認められれば、「通訳人候補者」として名簿に登録される仕組みになっている。
報酬は、裁判所の場合は具体的な金額は明らかにしていないが、事件の内容や難易度に応じて決められる“通訳料”と“移動費”が支払われる。
最高裁判所によると、名簿に登録されている「法廷通訳人」の数は、10年間で2割ほど減っている。しかし、外国人が被告となった事件で、通訳人がついた被告は過去10年で4割以上増加していて、司法通訳人の役割はますます重要になっている。
司法通訳人の橋本さんのこの日の仕事は、ある事件で逮捕された外国人の容疑者の通訳だ。仕事の依頼が入ったのは「前日」だ。
橋本さん:
「(Qきょうの仕事は?)愛知県警の要請で被疑者の取り調べの通訳です。内容は詳しく聞かされていないが、警察としては1日かけて取り調べをしたいと。『今すぐ来てくれませんか』とか。夜中呼ばれることもあります。通訳人はそういう宿命にあります」
司法通訳人は、通訳の能力はもちろん、法律などの専門用語も飛び交う中で正確に訳すことが求められ、ミスは許されない。しかし、実際には間違った通訳をしてしまうケースもあるという。
橋本さん:
「通訳というのは機械と違って、エネルギーを消耗していると電池が切れていくんですね。もし間違った通訳をしたり、通訳し忘れた時は、気付いた時点で自分で申し出て、『裁判官、すいません』と。それが通訳に求められる1つのこと」
■専門家「スキルによって誤訳は起きうる」 司法通訳人の質を保つには
司法通訳を研究し、自身も司法通訳として活動する名古屋市立大学の毛利雅子教授は、現状の制度では“通訳人のスキルによって、オクイさんのような事件は他にも起きうる”と指摘する。
名古屋市立大学の毛利雅子教授:
「応募して、(司法)機関に『この人なら大丈夫だろう』と判断された場合は、(通訳人として)採用されてしまう。それぞれの語学のレベルはまちまちで、言語によってもまちまちですから、果たしてその人が本当に司法通訳をするに値するだけの運用能力を持っているかどうかは、甚だ疑問なところがあります」
毛利教授は「司法通訳人」の質を一定に保つためにも、海外で実施されている公的な資格や認証制度、通訳人への研修制度を導入すべき、と提案する。
名古屋市立大学の毛利雅子教授:
「アメリカやオーストラリアは、認証制度が確立されています。言語運用能力だけでなく、倫理観のテストもある。アメリカだと、一定期間置くと、継続教育に通らないと次の登録ができないシステムになっている。そういう制度を(日本も)作るべきだと思います」
司法通訳は、専門性が高く必要不可欠な仕事でありながら、なり手が年々減っている。
無実の罪で逮捕され、裁判で無罪判決が出るまで2年間にわたり勾留されたオクイさんは今でも、「すごい辛かった。あの頃に戻りたくない。私の頭から消したい」と話している。
言葉の壁により冤罪を生みかねない状況は、一刻も早く解消する努力が必要だ。
■一般的な相場は1万5000円 司法通訳で収入得るのは難しい現状
司法通訳人の「手当て」は事件ごとに異なるが、1回の裁判当たり一般的に1万5000円が相場とされている。
司法通訳歴25年の橋本さんは「現状では司法通訳だけでは安定した収入を得られるのは難しく、“なり手不足”は解消しないのでは」と話している。
最高裁によると、2022年度に刑事事件で使われた言語は、ベトナム語・中国語・タイ語など32の言語があった。名古屋市立大学の毛利教授は「地方に行くと、元々外国語を使うような仕事もなければ、通訳人がいない可能性がある」と地域差について指摘している。
2024年12月13日放送
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