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体験者の壮絶な話に表情歪める…街中が燃えた名古屋空襲 ICEx八神遼介さん「知っているだけでも何か変わる」

東海テレビ / 2025年2月1日 12時27分

ニュースONE

 1941年から1945年まで続いた太平洋戦争では、名古屋も空襲に襲われました。2024年、名古屋市は毎年5月14日を「なごや平和の日」と定め、戦争の体験や記憶が風化しないように後世に繋いでいこうとしていますが、若い人へどう伝えていけばよいのかが課題となっています。

 愛知県出身でダンスユニットのICEx(アイス)のメンバー、八神遼介(やがみ・りょうすけ 16)さんは、空襲で狙われた名古屋市熱田区を訪れ、名古屋空襲について「知っているだけでも何か変わると思う」と話しました。

 太平洋戦争のさなか、激化した名古屋への空襲では、航空機生産工場があった熱田が狙われました。


 そして、学徒勤労動員で国のために働かされていた多くの生徒が犠牲になりました。


名古屋空襲を体験した中野見夫さん(85):
「実家の寺が、空襲の時の犠牲者の安置所になっていましたので、そういう中で生活をしていました。ウクライナとかガザの映像が出てくるとパッとやっぱり、79年前に戻りますね。空襲警報がなったら、防空頭巾をかぶってガスマスクを肩からかけて、防空壕へ逃げろと、そういうことしか頭になかったですね。上半身のない赤ちゃんなんて想像できますか?お腹から下だけの死体が置いてあった。やっぱり感覚としてはむごいな、ひどいなという気持ちだったと思いますね。やっぱり戦争は罪悪だね…罪悪だね、一番の罪悪だね。だって人の命を奪うんだもん、これ以上の罪悪ないでしょう」


 名古屋空襲のことを知って「想像したくない」と表情を歪めた八神さん。


 それでも「改めて考えることは、普通に日常生活を過ごしていたらないことだと思う」と言って「言葉だけでも伝えることが大事なのかな、こういうことがあったんだよっていうのを知っているだけでも何か変わると思うので大事なのかなと思う」と話しました。

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