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今くるよさんは誰からも慕われた女芸人のパイオニア 島田洋七&紳助さんは頭上がらず

東スポWEB / 2024年5月29日 5時37分

今いくよさん(右)と一世風靡した今くるよさん

漫才コンビ「今いくよ・くるよ」今くるよ(本名酒井スエ子)さんが27日に膵(すい)がんのため大阪市内の病院で死去したことが28日、明らかになった。76歳だった。優しい人柄で知られ、2015年5月に死去した相方の今いくよさんとともに誰からも愛された。弟弟子で、毒舌で知られるタレントの島田洋七(74)や元タレントの島田紳助さん(68)からも慕われたという。

京都市出身のくるよさんは、高校の同級生で同じソフトボール部員だった今いくよさんとともに1970年、夫婦漫才コンビ「島田洋之介・今喜多代」今喜多代さんに弟子入りし、漫才師としてのスタートを切った。

お笑い関係者は「当時は夫婦漫才コンビはいたが、女性漫才コンビはほとんどいなかった。若くて2人ともかわいらしく、『男性社会のお笑い界に女の子2人で入って大丈夫か?』と心配されたが、荒波に動じず、〝女性漫才師のパイオニア〟として一時代を築く存在になった」と語る。

いくよさん、くるよさんにとって弟弟子に当たるのが、のちに売れっ子となった洋七と紳助さんだ。

「喜多代さんの夫・島田洋之介さんに弟子入りした洋七さんと紳助さんに対し、弟子の仕事を教えたのがいくよさん、くるよさんだった。洋七さんも紳助さんも毒舌で知られるが、いくよさん、くるよさんの悪口は聞いたことがない。『本当にお世話になった』と感謝しきり。いかに後輩に慕われていたかが分かるでしょう」(前出関係者)

いくよさん、くるよさんは当初、漫才師としては地味で売れなかった。一時は廃業も考えたというが、入門から10年後の80年に起きた漫才ブームに乗る。いくよさん、くるよさんは一気にスターの座に上り詰めた。当時は、くるよさんが漫才の途中におなかを叩く仕草が大ウケした。

「漫才ブームに乗った女性コンビは春やすこ・けいこと今いくよ・くるよぐらいだったが、大多数を占める男性コンビに全く引けをとらなかった。フジテレビ系『花王名人劇場』で大ウケだったいくよさん、くるよさんが舞台を降りると、横山やすしさんが『お前ら、1着や』と言ったのは有名な話です」(テレビ局関係者)

漫才ブームが終わった後も、濃いメイクがトレードマークのいくよさんと、ふくよかな体形に派手な衣装のくるよさんという、互いのルックスをネタにした漫才で人気を維持し続けた。くるよさんの「どやさ!」というギャグも人気となり、吉本興業の劇場で常に看板であり続けた。

いくよさんは15年5月28日、胃がんのため死去。くるよさんは一人で活動を続けたが、22年4月に大阪・なんばグランド花月で行われた吉本の特別公演「伝説の一日」への出演が最後の舞台となった。5月27日に死去。命日は相方と1日違いだった。

通夜は30日、告別式は31日、大阪市内で営まれる。

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