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【ブル中野連載#3】お金がなかった寮生活…ある日ロッシー小川が2000円をくれた

東スポWEB / 2024年6月19日 16時14分

練習に励むブル中野

【ブル中野・告白(3)】中学3年生だった私は形だけ1983年に全日本女子プロレスのオーディションを受け、卒業後の4月1日に東京・目黒の寮に入りました。同期は小松美加、永友香奈子、小倉由美、田島ゆう子、柳下まさみ。事務所にツガネさんという女性スタッフがいて「一番いい部屋を取っておいたからね」と配慮してくれたのを覚えています。大人の世界を見ましたね。仲がいいと日当たりのいい部屋になるんだなって。

初めての共同生活は順風満帆とは言えませんでした。朝起きて掃除をして、そこからマラソンして縄跳び。道場で腕立て、腹筋、背筋、スクワット、ウサギ跳び、受け身。休憩があってスパーリングというメニューです。練習は松永高司社長と健司さん、巡業が休みのときはレフェリーの柳みゆきさんが見てくれました。私は柔道をやっていたんでスパーリングが強かったけど、立ち技が…。寝ちゃえばこっちのものなんですけどね。

給料は5万円。5000円寮費が引かれ、手取り4万5000円でした。米とトイレットペーパーは会社から支給され、ツナとかコーン、サンマのかば焼きとか缶詰をおかずに食べていました。でも、次第にお金がなくなっていって。今みたいに100円ショップやユニクロもないし、当時は靴下もジャージーも高かった。入寮のときに母が渡してくれた4万円も、あっという間になくなりました。

でもプロテストに受かるまでは自分たちで食べないといけない。そんなある日、ロッシー(※)が「今日は取材があるから、これでおかずを買って寮で待ってて」と2000円をくれたことがありました。なのにいつまでたっても戻ってこないから、肉とか紅しょうがとか買って食べちゃったんですよ。本当に取材がなくなったのか、ロッシーがお金がなくておかずがないことに気づいたのかわからないですが、ここはロッシーの美談にしておきましょう(笑い)。あのころ業務用の紅しょうがを買って毎日食べていたので、一時は嫌いになりましたね。

最初は仲が良かった同期も、24時間一緒なので、次第に仲が良い子と悪い子が出てきました。私は小松と仲が良くて、2人でゴンゴン(小倉)をイジメている感じになってしまって…。ゴンゴンしか持っていなかったラジカセを借りて、そのまま返さずに中森明菜を聴いていたんです。そうしたら先輩から「イジメているのか?」「ラジカセを返せ」と言われたので、ゴンゴンがチクったのかなと思います。

後に(ユーチューブ)「ぶるちゃんねる」でゴンゴンに聞いたら「そんなことあったっけ?」って覚えてなかったので、ラッキーだったんですけどね(笑い)。ただし先輩たちの標的になると…。

※ 全女広報のロッシー小川氏。現在はマリーゴールド代表

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