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【ブル中野連載#5】「人生、終わった」吉川晃司似の恋人がいたのに極悪同盟入り

東スポWEB / 2024年6月24日 16時11分

手鏡を見ながら化粧するブル中野(84年11月)

【ブル中野・告白(5)】1983年9月23日。全日本女子プロレスの埼玉・戸田市スポーツセンター大会でデビュー戦を迎えました。実家がある川口市の近くだったので、父がチケットを買ってくれ、中学時代の友達にも送っていました。

試合は、1対2の変則マッチで、私は同期の小松美加と柳下まさみを相手に対戦。リングシューズはクレーン・ユウさんが寮に捨てていたものがあったので、勝手に履きました。メインイベンター以上にお祝いの花やプレゼントを持った人、20人くらいいたんですが、試合はひどいなんてもんじゃありません。初めはみんな「中野、頑張れ~!」と言ってたのに失笑が漏れちゃうみたいな…。ただスパーリングが強かったので押さえ込みで勝ちました。

1年目はあまりファンと接してはいけないのですが、私にもファンクラブができました。そのうちの「パイン」というファンクラブの会長が後の北斗晶なんです。ガリ版で刷って会報を作ってくれたりして。(ユーチューブ)「ぶるちゃんねる」で話したとき「中野恵子がドンくさくて応援したくなった」と言ってました。そういう理由だったのかと今になってわかりました(笑い)。

11月には新人王を獲得し、有望視されたまま84年を迎えました。ところが、ダンプ松本さんから「お前は体が大きくてブスだから悪役になるしかない」と言われたのです。さすがに「嫌です」とも言えず、ごまかしていたんですけど、1週間たっても毎日言われてごまかしきれなくて、ついに「はい、やります」と言ったんです。

そうしたら松永高司社長のところに連れていかれ、ダンプさんは「中野が“悪役になりたい”って言ってるんです」って…。「えっ?」みたいな感じでした。そうしたら社長は「じゃあお前に任せる」と承諾したので「人生、終わった。裏街道だ…」と思いましたよ。長与千種さんの身の回りの世話とかをしていたので、本当は歌って踊れるアイドルレスラーになりたかったんです。

会社からは「人気者になろうなんて思うなよ。ずっと引き立て役なんだから」と言われました。早速、髪の毛を染めて化粧もするんですけど、最初はダンプさんとクレーン・ユウさんにやってもらってタヌキみたいになってしまいました。まだ16歳ですよ。

実はこのとき、会社に内緒でお付き合いしている方がいました。小倉に住む1つ上のファンの方。ファンレターに「大好きです」と書いてあって、ウブだった私は「え~どうしよう~」ってなって(笑い)。その方は赤や青のズボンをはいていて、好きな(歌手の)吉川晃司にそっくりだったのです。だけど、極悪同盟に入ることになり…。

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