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パリパラ辞退の重定知佳 健常者と鍛錬重ねてきたのに…中傷書き込みに「まさか」

東スポWEB / 2024年8月25日 5時9分

重定知佳

パリパラリンピックのアーチェリー女子代表だった重定知佳(41=林テレンプ)が、まさかの形で夢舞台への道が閉ざされてしまった。

東京パラリンピック代表の重定は、2021年1月に同大会の出場を目指していた小野寺朝子さん(48)のブログに、「代表入りも無理なの気づきませんか?」などと匿名で投稿。名誉を傷つけたとして、東京地裁は6日に124万円の賠償を命じた。重定側は20日に判決を不服として控訴したものの、23日に控訴を取り下げた。「私の軽率な投稿により小野寺選手を傷つけてしまったこと、心よりおわび申し上げます」と謝罪した。

同日に日本パラスポーツ協会と日本パラリンピック委員会(JPC)は、重定がパリパラリンピックの代表を辞退したと発表。

重定はかつてインタビューに「金メダルを取りにいくという目標はずっと変わらない。やるんだったら最後まで金メダルを取りにいくべきだと思っている」と語っていたが、22日に重定側からJPCに代表辞退の申し出があったという。

どんな競技人生を歩んできたのか。重定は中学2年の時に、両足がまひする進行性の難病「HTLV―1関連脊髄症」を発症。周囲の視線を気にして外に出る回数も減った。それでも、会社の同僚の誘いを受けて20歳から車いすテニスをスタート。「車いすテニスとの出会いは大きかった。障がいのハードルが下がったというのは少し違うかもしれないが、それが今の私をつくってくれた」。失意を乗り越え、アスリートとしての一歩を踏み出していた。

車いすテニスではパラリンピックに届かず13年に引退するも、15年からはアーチェリーに転向。国際大会で数々の結果を残し、20年には健常者に交ざり全日本選手権にも出場した。

「健常者と一緒に打つ機会を増やしたり、健常者が出られる大会に参加した」と進化を続け、東京パラリンピックはリカーブ個人で7位に入った。

23年世界選手権は混合リカーブ団体で3位に入り、パリパラリンピックでのメダルも期待されていた。しかし、花の都に降り立つことはできなかった。

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