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藤波辰爾〝幻〟のNWA王座の舞台裏 深夜のイチャモンで取り消しに…流智美さん明かす

東スポWEB / 2024年9月22日 10時4分

24日に藤波は自宅でインタビューに応じ「オレは胸を張ってNWA王者と名乗る」とやるせない思いを語った。

翌25日、事務所で緊急役員会が開かれ坂口、藤波、斎藤、長州、調停役のヒロ・マツダらと話し合いがなされ斎藤、マツダを特使として渡米させることが決定した。

プロレスライターの流智美さんは「日本プロレス歴代王者名鑑(ヘビー級シングル編2)」(ベースボール・マガジン社)を著し、この一件を詳しく記述している。

「藤波のお祭りムードをしばらく楽しもう、みたいなムードがありましたでしょ? それが徐々にかき消されていった。結局、新日本は(ジャイアント)馬場に独占されていたタイトルをあそこで獲ったということがすべてですよね。新日本にNWAが移ってきたという点では歴史的な試合でしたからね。NWAというよりWCWですけどね。だからこそ僕はあの代のこと(WCW時代)は十把ひとからげで書いたわけですけどね。馬場さんの時代の権威と比べたら全然、比較にならないくらい軽いものになってしまっていたからね」と流さんは語る。

ところで、5月19日に米フロリダ州セントピーターズバーグでの再戦では藤波とフレアーともに王者を主張していたが、リングアナは藤波を挑戦者とコール。試合は藤波がメインレフェリーの服部と激突するハプニングが発生。直後にフレアーが藤波の背後から急襲。タイツをつかんでエビ固めで丸め込みサブレフェリーのアルフォンソがカウントを数えた。東京ドームと逆の展開となって、この問題に決着がつくこととなる。

「藤波さんは前の年の9月まで腰の痛みで欠場してた。年末に浜松で長州さんに勝ってカムバックを果たした(12月26日、浜松アリーナで長州を破りIWGPヘビー級王座を奪取)。その流れで3か月後にタイトルを獲って完全復活というストーリーがあったわけだから、藤波さんの中ではいい思い出かもしれないですよね」(流さん)

藤波はNWAの歴史に王者として名を刻むことはできなかったが、あの日の東京ドームを沸かせたのは紛れもない事実。記憶に残る〝王座戴冠劇〟だった(敬称略)。

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