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神取忍いよいよ還暦! 38年のレスラー人生「今でもやってるってことは…それぐらいプロレスって深いんだよ」【独占インタビュー】

東スポWEB / 2024年10月29日 11時1分

――考え方が変わった

神取 柔道の先生にも「柔道は相手がいなければ強くなれないから思いやりを持って投げろ」って教えられて、小鉄さんにも「プロレスは技をかけるのもケガをさせてはいけない。思いやりを持つんだ」って言われて。2人の言葉がリンクして、プロレスとの向き合い方が変わった。今の自分があるのは、小鉄さんのおかげ。

――ジャパン女子では、後にLLPWをともに立ち上げる故風間ルミさんと出会った

神取 風間はシュートボクシングをやってたから、一緒に四天王って言われて試合してたね。ジャッキー(佐藤)さんの件(※)があって、「もうジャパン女子は嫌だな」ってなった時も風間から「戻ればいいよ」って何度も連絡が来て。断っていたんだけど、そのうちにジャパン女子が解散になるってなって。その話し合いの場に風間が呼ばれなかったっていうのを聞いて、この団体に骨をうずめようとして試行錯誤苦労した人を、そんな扱いは失礼な話だろと思ったんだよ。風間も「そのまま終わりたくはない」って言うから、じゃあ団体立ち上げようってなった。

――その頃はフリーで活動していた

神取 そんなに試合もなかったから、時折北海道に行って農業高の実験で使われた野菜を販売するお手伝いをして、お小遣いを稼いでたんだよ。もうプロレスを辞めようかなとも思ってたけど、風間と話したりして気持ちが戻った。

――LLPW旗揚げで苦労したことは

神取 リングを揃えるのに、当時はリング1つで600万から800万だった。高価だったからどうにかスポンサーを集めてお金を工面してもらったんだけど、お金が揃ったところで仲介してくれてた人にそのお金を持ち逃げされて、風間と絶望したよ。その後もさ、借金してようやく手に入れたリングが届いたら、力道山が使ってたぐらいの古いリングでロープがものすごく高いんだよ。みんなひっくり返って落っこっちゃうけど、買い替えるにはお金もないから、風間と一緒に溶接し直して自分たちでリングの構造を調べて作り替えたりした。

――風間さんの存在は

神取 覚えていないくらいささいなことでケンカばっかりしてたけど、団体をゼロから立ち上げて今に至るのは、常に風間と支え合ってきた時間があるから。風間みたいな人とはなかなか巡り合えないと思ってる。毎年仏壇に手を合わさせてもらってるけど、風間のおばさんが「お墓を荒らされたくないから」って誰にもお墓の場所を教えてなくてね。何度も説得してるけど、まだお墓にたどり着けてないんだ。でも、今も心の中ではつながってると思ってるよ。

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