日本の景気があまり変動しない時代がやって来る
LIMO / 2019年3月10日 20時20分
日本の景気があまり変動しない時代がやって来る
少子高齢化による労働力不足の時代を迎え、将来は景気があまり変動しない時代が来る、と久留米大学商学部の塚崎公義教授は予想します。
海外の景気に影響されていた状況が変化しそう
バブル崩壊後の長期低迷期、日本経済は国内の需要が弱い分を外需に頼っていたので、米国ITバブル崩壊やリーマン・ショックといった外国からのショックに弱く、そのたびに景気が大きく落ち込んだものです。
しかし最近になり、状況が変化しつつあります。拙稿『なぜ「米国経済が減速しても日本の景気は大丈夫」なのか(https://limo.media/articles/-/9688)』では、円高になっても輸出数量が減りにくい経済体質になってきたこと、労働力不足なので輸出が減っても失業が増えず、「失業者が物を買わないからいっそう景気が悪化する」という悪循環が生じにくいこと、などを指摘しました。
本稿は、今少し長いタイムスパンで見て、少子高齢化によって景気の波が小さくなりつつあることに注目するものです。今後も少子高齢化による労働力不足が深刻化していくと、景気の波がさらに縮小し、「海外の景気が後退しても日本の景気は後退しにくい」ということになるかもしれません。
理由は大きく分けて二つです。「人々の所得が安定してくるため、消費も安定してくること」、「労働力不足なので、海外からの注文が減っても景気が悪化しにくいこと」です。
「景気の予想屋」を自称している筆者としては、仕事がなくなってしまうリスクがあるというわけですね。まあ、本当に景気の波が消えるのは筆者が引退した後のことでしょうから、心配していませんが(笑)。
所得が安定し、消費が安定する
少子高齢化ということは、引退して年金収入で暮らす高齢者が増えるということです。年金収入は景気の影響を受けませんし、高齢者が年金で不足する生活費等を貯蓄を取り崩して生活する分も、景気の影響は受けないでしょうから、高齢者の消費額は景気と無関係だと言えるでしょう。
消費に占める高齢者のウエイトが増えるということは、現役世代の所得に占める高齢者向けサービスのウエイトが増えるということです。医療や介護に従事する人が増えて、製造業等に従事する人が減れば、現役世代の所得も変動が小さくなり、現役世代の消費も変動が小さくなるはずです。
極端に言えば、若者の全員が高齢者の介護に従事している経済には、景気の波はありません。もちろん、あくまでもイメージを持っていただくための話ですが、少しずつそれに近づいていく、ということは言えそうです。
少子高齢化で労働力不足になる
少子高齢化は、二つの面から労働力不足をもたらします。一つは、現役世代の比率の低下です。消費をするのは全人口で少ししか減りませんが、生産をするのは現役世代で急激に減っていきます。そこで、少数の現役世代の作ったものを皆が奪い合うことになり、労働力不足となるのです。
今ひとつは、高齢者の消費は医療や介護といった労働集約的なものが多い、ということです。少子高齢化以前、若者が100万円の自動車を購入しても、全自動のロボットが自動車を生産するので必要労働力は増えませんでしたが、高齢化後に高齢者が100万円の医療・介護サービスを消費すると、大量の労働力が必要となるのです。
労働力不足だと景気が安定する
こうして少子高齢化により労働力不足となると、製造業で働く人が減り、自動車等も生産が減り、国内向けの出荷が精一杯で輸出できなくなるかもしれません。輸出したくてもできないのであれば、海外からの注文が増えても減っても日本経済には関係ないということになります。
そこまでいかなくても、輸出は減るでしょうから、海外の景気と国内の景気の関係は薄くなるでしょう。
加えて、仮に輸出が減って輸出企業の労働者が失業しても、労働力不足に悩む企業がすぐに雇ってくれるでしょうから、「景気が悪化して失業者が増え、失業者が物を買わないから物が売れずに景気がいっそう悪化した」といった悪循環が起きにくくなります。
これまでの日本経済は、内需が弱く、「海外の景気が悪化して輸出が減ると製造業の労働者が失業し、失業者が消費をしないのでいっそう景気が悪化する」という悪循環に悩んできたわけですが、状況が一変するのです。
究極的には、現役世代の全員が医療と介護を含む内需型産業に従事し、輸出がゼロになったとすれば、海外の景気の影響は全くなくなります。もちろん、そんなことにはならないでしょうが、方向としてはそちらに近づいていくわけですね。
在庫循環や設備投資循環は過去の話
経済学の教科書には、在庫循環や設備投資循環という話が載っていますが、それらは過去の話で、最近の景気循環を考える上では重要ではありません。
かつて製造業が主な産業で、しかも在庫管理技術が稚拙であった頃には、在庫の変動が景気を動かすことがありました。在庫が溜まりすぎると企業が生産を絞るので、製造業の雇用が減って景気が悪化する、等々です。しかし、今では製造業が経済に占めるウエイトが低いですし、在庫管理技術も進歩していますから、そうしたことはありません。
設備投資も、かつては耐用年数10年のものが多かったので、ひとたび景気が拡大して大量の設備が作られると、10年後には一斉に更新期を迎えて更新投資が行われるため、再び景気が良くなる、ということがありましたが、今はありません。コンピューター関係等々のように、耐用年数が短いものが増えているからです。
そして今後は、少子高齢化や経済のサービス化(ペティ=クラークの法則)などによって経済に占める在庫投資や設備投資のウエイトがさらに低下していくと予想されますから、在庫循環や設備投資循環はいっそう重要性を落としていくでしょう。
経常収支が赤字に転落しても大丈夫
以下は余談です。輸出産業で働く現役世代が確保できなくなると、日本は貿易赤字に転落します。しかし、日本の国際収支統計を見ると、巨額の利子配当収入がありますから、貿易赤字を補ってくれるでしょう。したがって、経常収支が赤字になったとしても、それほど巨額の赤字にはならないと思われます。
労働力不足となった国内工場を閉じて海外に工場を建てれば、海外子会社からの配当や特許権使用料などの収入が増えることも見込まれますから、その意味でも経常収支の大幅赤字の可能性は高くないでしょう。
また、仮に経常収支赤字がある程度多額になっても、日本には巨額の対外純資産がありますから、大丈夫でしょう。輸入代金等を支払うためにドルを買う金額が輸出企業のドル売りより多ければ、差額は日本人投資家が海外に持っているドルを売ってくれるでしょう。その時にはドル高になっているでしょうから、高い値段を払う必要はあるでしょうが。
万が一、対外純資産がなくなってしまえば大ごとですが、それでも何とかなると思います。その時には大幅なドル高円安になるので、輸出産業が再び元気になるからです。「高い給料を払ってでも社員を集めて生産して輸出すれば儲かるから、労働力を掻き集めよう」と頑張るはずです。
もっともそうなると、国内の労働力不足はいっそう深刻化するでしょうね。介護人材が不足して必要な介護が受けられない人が出てくるかもしれませんね。まあ、対外純資産がなくなってしまうのは、どんなに早くても数十年先のことでしょうが。
本稿は、以上です。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織その他の見解ではありません。また、厳密さより理解の容易さを優先しているため、細部が事実と異なる場合があります。ご了承ください。
<<筆者のこれまでの記事はこちらから(http://www.toushin-1.jp/search/author/%E5%A1%9A%E5%B4%8E%20%E5%85%AC%E7%BE%A9)>>
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