最低賃金の引き上げで「情報弱者」を救おう
LIMO / 2019年4月21日 20時20分
最低賃金の引き上げで「情報弱者」を救おう
最低賃金を大幅に引き上げることで、労働力不足が解消し、労働者も企業もメリットを受ける、と久留米大学商学部の塚崎公義教授は説きます。
労働力不足というのは価格の設定を誤っている企業の持つ認識
消費者が「牛肉を1キロ10円で買いたい」と考えて肉屋を訪ねても、売ってくれる肉屋はないでしょうが、それは「牛肉不足」とは呼ばないでしょう。消費者が肉屋に提示している希望価格が低すぎるだけのことですね。
需要と供給の均衡するところに価格が決まるというのが経済学の教えです。その価格のことを均衡価格と呼びます。均衡価格より安い値段で買おうとしたり、均衡価格より高い値段で売ろうとしても、取引相手が見つからないわけですが、それは市場経済という制度が悪いのでも日本経済が悪いのでもなく、無理なことをしようとしている「情報弱者」が悪いのです。
皆が均衡価格で売り買いしようとすれば、必ず取引相手は見つかるはずです。雇用も労働者の賃金を労働の価格だとすれば、同じことになります。つまり、労働力不足などということは経済学理論からすれば起こらないはずなのです。
もっとも、現実の経済は経済学が考えるよりも複雑です。何より、均衡価格が何円なのか誰も知らないからです。したがって、均衡価格以下で買おうとして誰も売ってくれないと嘆いている人を情報弱者と呼ぶのは気が引けますが、本稿ではそう呼ぶことにしましょう。
労働者を募集しても応募がなく、労働力不足に苦しんでいる企業は多いですが、それは均衡価格より低い賃金で労働者を募集しているから応募がないわけですね。ですから、そうした経営者も「情報弱者」と呼びましょう。
そうした企業は、政府が最低賃金を引き上げることによって均衡価格を提示できるため、労働力不足という嘆きから解放されます。素晴らしいことです。
最低賃金を引き上げれば、均衡価格以下で働く労働者を救える
労働者にも、情報弱者は大勢いるようです。こちらは、本来の意味での情報弱者に近いかも知れません。自分の勤務先よりも条件の良い働き口が多数あるのに、それに気づかずに転職のチャンスを逃しているわけですから。
雇い主も労働者も均衡価格を知らずに、均衡価格より安い賃金で雇用契約が結ばれている場合もあるでしょうが、雇い主が「情報弱者の労働者が応募してくることを期待して、均衡価格より低い賃金であることを知りながら募集している」という例もあるでしょう。この場合などは、労働者が被害者と言えるかもしれませんね。
もちろん、労働者が「他の職場の方が環境は良いが、自分が転職してしまうと、世話になった現在の職場に迷惑がかかる」と考えて転職を思いとどまっている場合もあるでしょう。そうした善意を利用して儲けようという経営者がいるとすれば、それは決して望ましいことではありません。最低賃金を引き上げて、正当な報酬が支払われるようにすべきでしょう。
最低賃金の引き上げは、過当競争を緩和すると期待
日本企業は、過当競争体質だと言われます。各社が「ライバルに客を奪われないように、ライバルから客を奪ってこれるように」、と考えて値下げ競争を繰り広げる傾向が強いわけです。
売値を上げられない(場合によっては下げざるを得ない)から、賃金を上げることができず、いつまでも労働力不足に悩み続けている、という企業も多いでしょう。
そうした企業が、最低賃金という「官製カルテル」によって賃金を上げざるを得なくなれば、労働力不足は解消するでしょうし、売値を引き上げることも可能になるでしょう。ライバル企業も同様の官製カルテルで人件費が高騰し、値上げせざるを得ないはずだからです。
これは、デフレからの脱却を確実なものにする、という意味で日本経済にとっても素晴らしいことですね。もちろん、日銀にとっても、ですが(笑)。
不況期に最低賃金を下げることが絶対必要
最低賃金を大胆に引き上げると、現状の問題は解決するでしょうが、次の不況の時に大量の失業者が発生してしまう可能性があります。したがって、絶対に必要なのが、次の不況期が来たら柔軟に最低賃金を引き下げる、ということです。
「失業率が上がったら最低賃金を下げる」というルールを作っても良いのですが、失業率は景気が後退し始めて数カ月後に上昇し始める場合も多いですし、最低賃金を引き下げてから雇用が増えるまでも時間がかかるでしょうから、「1年後の失業率が上がると予想される時には最低賃金を下げる」といったルールが望ましいですね。
1年後の失業率を予想するのは容易なことではありませんが、たとえば日銀の金融政策は少し先の物価や景気などを予想しながら行われているわけですから、それと同様に、最低賃金も柔軟に上下させれば良いのでしょうね。
本稿は、以上です。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織その他の見解ではありません。また、厳密さより理解の容易さを優先しているため、細部が事実と異なる場合があります。ご了承ください。
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