「今の為替は円安過ぎるからいずれ円高になる」の根拠が怪しい理由
LIMO / 2019年5月26日 20時20分
「今の為替は円安過ぎるからいずれ円高になる」の根拠が怪しい理由
経常収支黒字なのに円高にならないのは、貿易黒字が小さいことが主因だ、と久留米大学商学部の塚崎公義教授は説きます。
経常収支は大幅黒字だが、内訳は投資収益が主
日本といえば、かつては輸出大国で、大幅な貿易黒字を稼いで海外から批判を浴びていたものですが、最近では全く様相が異なっています。
昨年度の国際収支統計が発表になりましたが、貿易黒字はわずか0.7兆円で、ほぼ「輸出入均衡」となっているのです。
それに代わって大幅な黒字となっているのが「投資収益収支」です。過去に日本国が稼いだ経常収支黒字が巨額の対外純資産となっており、それが利子や配当等を生んでいる、というわけですね。
その分がさらに対外純資産として積み上がり、翌年以降の投資収益をさらに拡大する、という好循環ができ上がっているわけです。
経常収支は家計簿と似ているわけですが、若かった頃に稼いで貯蓄をしていた家計が、加齢と共に稼ぎが減ってきた一方で、老後の蓄えが金利や配当を生んでいるため、その分だけ老後の貯蓄が増え続けている、といったイメージですね。
貿易収支黒字は円高に直結するが・・・
輸出企業は、受け取った外貨を売りに出します。売って得た日本円で社員の給料や部品代等の支払いを行うためです。輸入企業は、輸入代金支払いのために外貨を購入します。
したがって、輸出と輸入の差額である貿易収支は、黒字であればドル売り超過となって円高に直結するわけです。
しかし、投資収益はそうとは限りません。「配当や利息を受け取ったら、その分も再投資する」という場合も多いからです。家計でも、定期預金の満期に金利を受け取ったら、金利分を合わせて合計額で新しい定期預金を作る「元利共継続」をする場合が多いでしょうが、同じことですね。
実際に統計を見ると、経常収支黒字19兆円に対して投資収益受取額は33兆円もあります。直接投資収益14兆円のうち7兆円は再投資収益ですし、証券投資収益16兆円も半分が再投資されるとすると、合計15兆円が再投資されて経常収支黒字の8割をカバーしてしまいます。
それ以外にも、最近は日本企業による海外企業の買収等々、直接投資が増えていて、そのためのドル買い需要も莫大な金額に上っているでしょうから、「経常収支が黒字だから円高になるはず」とは言えないのです。
円安なら輸出が増えて貿易黒字が拡大するはずだが
今の為替レートが「適正レート」よりも円安だ、というのは多くの専門家が指摘しているところです。計算方法はふた通りありますが、いずれも円安であるという結論になるようです。
1つは、米国の物価と日本の物価が同じになるような為替レートが「適正」だという考え方です。米国の方が物価が高ければ、日本の輸出が増えて円安が是正されるはずだからです。
今ひとつは、過去に米国はインフレ、日本はデフレだったので、過去と比べて日本製品の輸出競争力が増しているはずなので、貿易黒字が膨らんで円安が是正されるはずだ、という考え方です。
しかし、いずれも説得力に欠けています。適正レートより円安なのに、実際の貿易黒字は減っているのですから。
企業が円安でも輸出を増やさない理由としては、貿易摩擦への対応、為替リスクを避けるため、地産地消で現地のニーズを取り込むため、等々の説明がなされています。筆者自身、納得できない面もありますが、実際に貿易黒字が減っているのですから、何らかの理由があることは間違いないでしょう。
つまり、適正な為替レートを求めること自体は、理論的には正しいけれども、今の日本の状況を考えると意味がない、ということになります。
したがって、「今の為替は円安過ぎるから、短期的にはともかくとして、中長期的には円高になるに違いない」と考えるのは危険だ、ということになりそうです。
今後については労働力不足による工場流出も
そして今後については、今ひとつの重要な要因が加わりそうです。少子高齢化による労働力不足で、国内工場を閉じて海外に工場を移転するという動きです。
極端な話、現役世代が全員で高齢者の介護に従事すれば、製造業の工場はすべて海外に出て行くでしょう。
もちろん、これは極論であって、実際にはそうはなりません。そうなれば極端な円安になり、極端な円安になれば、「高い給料で内需型産業から労働力を奪って来て国内で生産して輸出して大儲けする」という輸出企業が出てくるからです。
しかし、「今後も労働力不足は少子高齢化で厳しくなっていくことが容易に予想できるので、多少の円安程度なら無理をしない」、ということは言えそうですから、適正レートより円安の現状は、もしかするとずっと続くのかもしれませんね。
本稿は、以上です。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織その他の見解ではありません。また、厳密さより理解の容易さを優先しているため、細部が事実と異なる場合があります。ご了承ください。
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