「ADHD」女子の生きづらさ…自己肯定感なんてそもそもない

LIMO / 2019年6月23日 12時30分

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「ADHD」女子の生きづらさ…自己肯定感なんてそもそもない

「発達障害」や「グレーゾーン」が世間に認知され、とくに職場での当事者の困りごとや周囲の接し方について議論されることが増えてきた。発達障害者の男女比は圧倒的に男性が多い。しかしそれは、女性の発達障害が幼少期に見逃されやすいことも影響している。

大人になってから発達障害に気づいた女性の苦悩を追った。

発達障害とは?人数の実態

「発達障害者支援法」によると、「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するもの」と定められている。

主な発達障害とその特徴は以下の通り。

自閉症スペクトラム症(障害)(ASD)

・①社会性(対人関係)の障害、②コミュニケーションの障害、③こだわりの3症状が4歳(もしくは3歳)以降からみられる場合に診断される

・感覚過敏・鈍麻がある場合も

・知的障害の程度にも幅がある

・人の気持ちが想像しにくい

・変化に対応するのが難しい

・強いこだわり、パターン化された行動がみられる

注意欠陥多動性障害(ADHD)

・多動性や不注意などで日常生活に支障が出てしまう

・単純ミスや忘れ物が多い

・気が散ってしまい集中できないことが多い

・落ち着きがない、衝動的

学習障害(LD)

・知的遅れがないにも関わらず読み書きや計算などが困難

・「読めるけれど、書けない」など、障害の表れ方も様々

患者数は、厚生労働省が調査を実施している「精神保健福祉資料(630調査)」の平成28年度版(2016年)によると、発達障害外来患者数(1回以上、精神療法に限定しない)は94万6000人となっている。ASDは100人に1人、ADHDは10人に1人とよく言われるが、実際にはもっといるのではないかとの指摘もある。

また、診断名がつかないグレーゾーンの人も多く、これも含めるともっと多い可能性が高い。

「ADHD」女子の生きづらさ

筆者の友人T(30代、女性)は、20代後半でADHDの診断を受けた。

Tとの付き合いは大学入学時から現在まで、10年以上の仲だ。また筆者の長男がASDとADHDを診断されていることもあり、発達障害について意見を交わすことも多い。

女性特有の生きづらさと、発達障害の生きづらさ。2つが複雑に絡み合い、絶望感を味わうことも多いという。

「変わった子」で済まされなくなる瞬間

学生時代のTは時間にルーズなところがあり、忘れ物が多かった。また講義中はよく寝たり、夜型の生活になってしまい学校に来られないこともあった。それでも持ち前の明るさで周囲に友人は多く、「少し変わった子」で済まされていた。

しかし社会人になると、それでは済まなくなった。遅刻が多く、会議中に居眠り。ミスや忘れ物も多く、上司に「お前は病気だ、病院へ行け」と言われたという。その時点でも彼女は病院に行こうとはしなかった。当時の彼女は『仕事、頑張らないと…』というのが口癖で、どうにか個人的な努力で乗り越えようとしていた。

しばらくして、『会社、やめた』との連絡があった。聞くと、『取り返しのつかないヤバいミスをした』とかで、いまだにそのミスの内容は不明だが、責任を感じ自主退職をしたとのことだった。

「女はマルチタスクが得意」の誤解

『わたし、正社員の仕事とか無理だわ』ということで、もともと夜型の生活を送っていた彼女は夜の世界へ。しかし数カ月で解雇され、その後はパチンコ店や居酒屋などのアルバイトをしていたものの、『ミスしすぎてクビになった』と言って仕事を転々とする日々が続いた。

この一連の流れの中で筆者を含めた周囲は、医療機関を受診するように言い続けた。しかし腰が重く、5度目の失職でやっと受診。ADHDの診断を受けたのだった。

仕事上でのミスは、重なれば大きなトラブルを引き起こしやすい。今までは「変わってるね」で済んでいたことが、そうではなくなることが多く「大人の発達障害」として表出する。

また「女性はマルチタスクが得意」と思っている人が多く、上司に「女なのに、そんなこともできないのか」と言われたこともあるとか。とくに主婦業はマルチタスクのかたまりみたいなものなので、女性だからこそハードルが上がる場面もあるのかもしれない。

自己肯定感なんてそもそもない

Tの両親は教師で、幼少期は厳しく育てられたらしい。その教育の中で、『わたしを理解してくれる人は誰もいない』という底知れぬ孤独感を抱いていたようだ。

『わたしなんて、この程度だから』が口癖で、周囲の「そんなことないよ」なんて言葉で拭えないほど、自己肯定感が低いようだった。というよりも、そもそも彼女の中には自己肯定感なんて存在しないのかもしれない、とさえ思うことが多々ある。

物心ついた時から否定され続けていたら、そうなってしまうのは当然といえば当然だ。筆者の息子は療育施設に通っているが、療育の必要性や効果などに疑問を抱いてしまうことがある。しかしTは『「療育施設に通う」ことに意味がある。本人が困っていることに周囲が気づいていて、それに対処しようと一緒に努力してくれる。これが支えになる時がきっとくるから』と私を励ましてくれた。

もし彼女が幼少期に周囲が気づいていたら、彼女の中の不安感・孤独感は少しは緩和されたのだろうか。

診断名の威力…生きづらさの軽減へ

ADHDと診断された後は、自助活動グループへの参加や薬の服用で「困りごと」が減ったという。その後昼の仕事に就職したが、以前のようなミスも少なくなったようだ。薬の影響で過集中になってしまうこともあるようだが、主治医や同じADHDの仲間に相談しながら日々の生活を送っているという。

まずは診断を受けることが、生きづらさを軽減するために必要なことなのだろう。その上で周囲の理解も必要だ。

昨今、職場などで発達障害者への対処に苦慮する場面が増えているという。今後は「どのように共生するか」という課題に向き合わなければならないだろう。

「抽象的な表現は避け、具体的な指示をする」「視覚優位があるなら、紙などに書いて伝える」など、人により症状が様々であるように、接し方のコツも多様だ。これらが共有され、個々の職場で工夫されるような仕組みづくりが求められている。

参考資料:

『精神保健福祉資料(https://www.ncnp.go.jp/nimh/seisaku/data/)』(厚生労働行政推進調査事業費補助金(障害者政策総合研究事業(精神障害分野))精神科医療提供体制の機能強化を推進する政策研究」より)

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