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「教育虐待」ってどういう状態のこと?「子どもの受験」と親のプレッシャー

LIMO / 2019年12月21日 19時15分

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「教育虐待」ってどういう状態のこと?「子どもの受験」と親のプレッシャー

多くの親子の運命を分ける受験シーズンに突入しました。大学受験や高校受験はもとより、人生をかけて中学受験に挑む親子も少なくありませんよね。

しかし、実際に「親子で」と思っているのは親だけであり、子どもはただ親の言いなり状態。まるで「駒」のように扱われているとしたら…。それは「教育虐待」の可能性があるのではないでしょうか。

もしかしたら、それって教育虐待?

昨今多くの場所で警鐘を鳴らされるようになった「教育虐待」。一体どのようなものなのでしょうか。教育熱心な親が子どもの意思を無視し過剰な学習を強いたり、成績が伸びなければ暴言を吐いたり。ひどい場合には暴力を振るうなど、子どもの心や体に傷をつける行為が「教育虐待」です。2016年には、「中学受験」を控えた当時12歳の男児を父親が殺害する悲惨な事件が起きてしまいました。

子どもの心身に傷をつけてまで成績を上げたい背景には、いまだに残る学歴主義やエリート志向といった風潮が影響しているといわれています。親自身が、かつて自分の親にされてきたパターンや自分が成し遂げられなかったことを子どもに背負わせるパターンがあります。さらに、周囲の目を気にする「アクセサリー感覚」で子どもに箔を付けさせようとするパターンなど、教育虐待にはさまざまな形があるのです。

教育虐待を受けた人たち

それでは、実際に親から教育虐待を受けていた人たちは、どのような生活を送っていたのでしょうか。

・「中学受験をしたせいで、勉強が大嫌いになった。母におびえながら震えて勉強をしていたのを憶えている。身体的にも原因不明の腹痛や冷や汗の連続。受験が終わったら症状が止まったので、明らかに受験が原因だと思う」

・「学校から帰ると母親から監禁・監視されながらの勉強。成績が伸びないと母親に殴られるのは日常茶飯事だった」

・「中学受験で失敗した私。その後、弟と妹が受験に成功したせいで家に居場所がなくなった。大人になった今、娘の受験を成功させることでその当時の記憶を上書きしようと思ってしまう」

加熱する親の思いに、愛情よりも恐怖を感じている子どももたくさんいるようです。

教育虐待はなぜ起こる?

教育虐待はどうして起きてしまうのでしょうか。そこには、親自身の自己肯定感の低さが関係している場合もあるようです。受験で失敗したなど、親の期待に応えられなかった場合は、「親に愛されていない」と感じることも少なくありません。

そういう人は、「自分はダメな人間だ」と思いがちです。また、自分は失敗したけれど、周囲に成功している人が多い場合は、そういった人たちへのコンプレックスを抱えている場合もあります。

そんな自分の評価が低い人たちが陥りがちなのが「子どもを一番にすることで自分の価値を高めよう」という考えです。自分自身ではなく、子どもを武器にして、成功した人たちと渡り合おうとします。自分の失敗を帳消しにしてもらおうという、自分の人生の代理を子どもにさせているわけです。

こんな風に育てられた子どもは、親の期待に応え親を喜ばせるために生きてしまいますよね。また、親も子どもを伸ばすことを生きがいとしているので、そこには「共依存」の関係が生まれてしまうこともあります。

教育虐待を防ぐには

親も一人の人間です。周囲がいい大学を出ていたり、みんながお受験のために塾に通う環境にいたら、影響されてしまうのも十分理解できます。しかし、どんな状況でも、そこに子どもの意思がないならば、それは親が強制するべきではありませんよね。

中学受験をした人たちは、全員が親から強制された人ではないはずです。自分の意思で選択し、自分の判断で勉強に励んだ人もたくさんいます。その結果「受験で多くのことを得られ、よい経験になった」と言うのです。

もし、お子さんが受験をしたいと自分の意思を持っているのであれば、ぜひ応援してあげたいですよね。しかし、親が自分のプライドのために「言わせている」のであれば、それは問題です。自己肯定感の高い人は、基本的に周囲と張り合いません。親自身が「人は人」と思える環境を整えること、それが教育虐待を防ぐ第一歩なのではないでしょうか。

まとめ

子どもに勉強をさせることはどうして必要なのか。子どもだけではなく、親たちもその本質的な問いに答えを出せているでしょうか。「いい学校の方が自慢できる」それでは、ブランドバッグを欲しがっているのと同じことかもしれません。

大きくなった時、子どもが多くの選択肢があるように手伝ってあげられることは素晴らしいことだと思います。ただ、親の人生は親のもの。子どもの人生は子どものものです。親が自分の人生を生きていなければ、それは子どもにも伝わります。周囲が羨ましいという気持ちだけで子どもに無理を強いるのは、自分自身を生きているといえるのでしょうか。「自分は子どもが幸せな人生を生きるために勉強をさせているのだろうか」。一度立ち止まって、自分の胸に問いかけてみてもいいかもしれません。

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