9月入学は大学から着手を! 東京大学の「秋入学構想」は頓挫したが…
LIMO / 2020年6月7日 18時0分
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9月入学は大学から着手を! 東京大学の「秋入学構想」は頓挫したが…
前回、『高校生が声を上げた「9月入学の導入」、議論を先送りにしていいのか?(https://limo.media/articles/-/17484)』でも述べたとおり、9月入学というのは極めて難しい課題です。特に今回のコロナ禍による動きについては、以下のような声もあります。
「学習の遅れを取り戻す」と「グローバルスタンダードの実現」は切り離して考えるべき
現時点においても混乱しているのに、さらに混乱に拍車をかけるのは望ましくない
9月入学は元々、半年の前倒しの議論だったが、今回の議論は半年遅らせる議論
9月入学問題がなぜ教育改革や社会改革につながるのかが明確になっていない
9月入学問題は、我が国の社会が変容せざるを得ない一大プロジェクトです。どこから手をつけたらいいのか、改革の仕方は色々ありますが、長いこと大学教育の現場にいた者として、まずは大学から始めるべきだと考えます。
その理由は、以前にも大学の9月入学について議論された経緯があること、高等教育の場である大学が変われば中等・初等教育への波及効果があること、そして今後の日本の社会・経済を担う人づくりにも直接的につながるからです。
途中で頓挫した東京大学の9月入学構想
今から9年前、東京大学で各学部の4月入学を廃止し、欧米の主要大学と同じ9月~10月入学への移行を検討する懇談会が立ち上がりました。その中間報告が2012年1月に発表され、同4月に報告書が提出されました。その報告書に記載されている9月入学のメリットとデメリットの骨子は次の通りです。
我が国の4月入学制度は「国際的に特異」であり、欧米と同じ秋入学(9月~10月)に移行することで、留学生の送り出し・受け入れがスムーズになり、学生・教員の国際流動性が高まる
学期のズレが緩和・解消されれば、留学の制約となる金銭面・時間面のコストは軽減され、国立大学として、将来の日本社会での指導的な役割を担う、国際性を備えた人材を送り出すことができる
大学入試は1月~3月、高等学校卒業は3月なので、大学入学までの半年間の「ギャップターム」(次の項で説明)が生じる
企業や官庁の採用が4月なので、大学卒業後の半年間の「ギャップターム」も生じ、高等学校卒業から就職まで5年を要することになる
東京大学が9月入学を検討したことにより、地方国立大学法人も、それならば、と独自に9月入学制度を検討し始めました。しかし、東京大学がいつの間にかアドバルーンを降ろしてしまい、地方国立大学法人も東京大学に右にならえになってしまった経緯があります。
この9月入学の議論は、単に入学制度の改革に留まらず、我が国の教育改革全般にも通じるものでありました。したがって、せっかくの議論の機会を議論のための議論で消滅させた東京大学の頓挫は誠に残念であったと言わざるを得ません。
ギャップタームは本当にデメリットか
東京大学の秋入学構想が頓挫した最大の理由は、上記の3、4のような「ギャップターム」のデメリットが重くのしかかったためと推測できます。
このギャップタームは、東京大学の9月入学検討懇談会が作った和製英語で、もともとはイギリスの「ギャップイヤー(Gap Year)」制度なるものに由来します。大学に入学する前の1年間、あるいは卒業後の1年間、会社などでのインターンシップ、海外留学など、大学では得られない多様な経験を積む期間です。
イギリスでは、一般的に卒業までの履修期間は3年であるので、このギャップイヤーを入れて4年ということになり、我が国の大学卒業履修期間である4年に並ぶことになります。ちなみに、イギリスから日本に来る英語指導助手(AET、Assistant English Teacher)は、この制度を使って来る場合が多いのです。
このイギリスのギャップイヤーの趣旨を考えれば、ギャップタームは決してデメリットではないでしょう。むしろ、我が国の教育改革を考えると、大学の授業では得られない多様な経験を積むギャップタームを取り入れるべきであると考えます。
実現しなかった東京大学の9月入学構想は、他大学の入学卒業時期、高校の入学卒業時期、企業への就職時期、企業の採用活動などの議論に一石を投じました。しかし、小学校、中学校、高等学校全体を含め、国を挙げて議論する機会にならなかったのは、最高学府の東京大学といえども力不足であったと言えるかもしれません。
9月入学、まずは大学からと考える理由
この原稿を執筆中、5月27日の報道で「政府・与党は2021年度からの9月入学を見送る方針を固めた」と伝えられました。この報道により、9月入学構想は消滅との声もあります。しかし一方では9月入学賛成派も少なくないことから、政府・与党は将来的な9月入学導入についての議論は続けるとの情報も伝わってきています。
今回のコロナ禍で浮上した9月入学の議論は、主に小学校に焦点が当てられてきましたが、当然、中学校、高等学校、大学まで関係することです。しかし、この9月入学が、いつから、どこに、どこまで導入されるかという点、また在校生の卒業時期などの議論はほとんど聞こえてきません。
入学について言えば半年前倒しになるのか、卒業については半年遅れるのか、話は複雑です。しかも、就職時期のことも考慮に入れなければなりません。
不透明なことが多いですが、ここでは、大学から9月入学を実施すべきだと提案したいと思います。その場合、高等学校の卒業が今まで同様3月であり、就職時期が4月ならば、上記3、4のように、それぞれ半年間のギャップタームが生じます。
入学前のギャップタームは、受験競争で染み付いた偏差値至上主義の価値観をリセットでき、入学後に何をどう学ぶかを考える絶好の機会になるはずです。すなわち、「学歴」ではなく、「学」と「歴」の間に「習」を挿入した「学習歴」が重要であることに気づくはずです。
また、卒業後のギャップタームは、実社会に歩み出すための心構え、これからの人生設計を考える貴重な機会となるように思います。
したがって、ギャップタームは決して無駄にはならないでしょう。この貴重な時間が、学ぶということ、教育とは何かを考える発端になるはずです。そのような制度を作れば我が国の教育が変わり、社会がより良く変わっていく推進力になると思うのです。
ただし問題は、高校卒業から就職までの期間が5年に延び、学生や保護者の負担が増してしまうことです。これを避けるためには、イギリスのように卒業履修期間を3年として、ギャップイヤーを1年とすればいいのですが、それには思い切った我が国の教育改革が必要になります。
我が国の大学卒業履修期間は一般的に4年です。しかし、卒業研究は別として3年間で卒業に必要な単位を修得してしまう学生は多く、特に文系学部で顕著です。6・3・3・4制度を見直すことはかなり難しいことですが、検討に値するかもしれません。
おわりに
9月入学について、安倍総理は「これぐらい大きな変化がある中で、前広に様々な選択肢を検討していきたい」と語りました。
また、萩生田文科相は「文科省内では一つの選択肢、考えていかなければならないテーマとして、様々なシミュレーションはしてきている。オールジャパンで子どもたちの学びを確保するために、もう、これしかないんだ、と本当に一緒に考えていただけるのだとすれば、一つの大きな選択肢にはなっていくと思う」と述べています。
この発言は、あたかも国民任せのように思えなくもありませんが、確かに9月入学改革を、社会全体の問題として国民一人一人の共通認識として位置づける必要があるように思います。不祥事の続いた文科省の覚悟に期待したいと思います。
9月入学の議論は我が国の社会を大きく変えるほどの大きな教育改革、それも制度上の改革です。大事なことは、その制度改革の議論の中で、より精神的な視点、すなわち生徒・学生の心に寄り添い「生きるための人間力」を養う、「心底からの人づくり教育」を忘れてはならないことです。
教育は、言うまでもなく国の存亡を左右する極めて重要な根幹をなすもので、「国家百年の大計」なのですから。
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