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もし「大切な人」を失ったら、哀しみの中でどう生きればいいのか

LIMO / 2020年11月23日 11時0分

もし「大切な人」を失ったら、哀しみの中でどう生きればいいのか

もし「大切な人」を失ったら、哀しみの中でどう生きればいいのか

専門家が心から伝えたい、悲嘆の旅路の「道しるべ」

 コロナ禍の収束が見えない中、三浦春馬さんや芦名星さん、竹内結子さんといった著名人が相次いで自殺、または自殺と見られる亡くなり方をされています。こうしたニュースを聞くたびに、熱心に応援していたという人でなくても、何か気持ちがざわついてしまう、落ち込んでしまうという人は少なくないでしょう。

 特に、家族・パートナー・友人など身近で大切な人に先立たれたとき、あるいは愛情を注いでいたペットが亡くなったときには、人は心に耐えがたいダメージを負ってしまいます。このような深い哀しみは、誰しも経験することかもしれませんが、もしものとき、いったいどのように自分に向き合えばいいのでしょうか。また、周りにいる人は、そうした悲嘆にくれる人に、どのように接していけばいいのでしょうか。

 この記事では、アドラー心理学を軸に、大切な人との死別などによる悲嘆(グリーフ)への支援を行うグリーフ専門士・井手敏郞氏の著書『大切な人を亡くしたあなたに知っておいてほしい5つのこと』をもとに、誰もが経験する悲嘆と向き合い、自分らしく生きるために覚えておきたいことを井手氏に解説してもらいました。

「グリーフ」と「グリーフスパイラル」

 大切な人やものを失った体験による「悲嘆と反応」を「グリーフ」と呼んでいます。

 死別を経験して哀しみを抱えることは、容易に想像できると思いますが、人によっては、食事がとれなくなったり、外に出るのが怖くなったりすることもあります。そういった喪失体験に伴う心と体や周囲の関係などに起こるさまざまな状態を「グリーフ」と呼びます。これは死別だけでなく、災害、病気、離婚や家や職を失うといった喪失体験に伴う反応とも言えます。

 私自身も、こうした方々に向けて、グリーフに寄り添い、一緒に生きるための「グリーフケア研修」を行っています。そこでお伝えしているのは、喪失を経験し、傷を負った自分の状態を知るための7つの局面を示した「グリーフスパイラル」です〈別図版参照〉。

自分の心の状態を知るための「グリーフスパイラル」

 この図では、端に「喪失」があり、中央には「哀しみ」があります。その周辺には、らせん状に「混乱」「否認」「怒り・罪悪感」「抑うつ」「あきらめ」「転換」「再生」という7つの項目が並んでいます。これらは段階的に順番に現れるものではありません。あくまでひとつの目安として理解していただければいいでしょう。

 心の奥には哀しみを抱えながらも、表面的にはさまざまな反応が起こることがあります。しかし、それらは大切な人を亡くしたときの自然なものであり、決しておかしな状態ではありません。これまでの支えがなくなり、身動きが取れなくなったり、何も考えられなくなったり、エネルギーが枯渇したように日常がままならなくなったりすることは、グリーフを抱えた方には当然のことと言えます。

「哀しみ」と「悲しみ」

 大切な人を亡くしたときの哀しみについて、私は「悲哀」の哀の字を使います。「悲」という文字は非に心。非は象形文字で、お互いが背を向けている人と捉え、心が引き裂かれると解釈できます。

 それに対して「哀」という文字には、口と衣という字があり、衣で口を覆い隠され、さらに蓋で閉じられているというように見えます。「心の奥にたくさんの想いを抱えながら、誰にも言えずにいる」というような印象を受けないでしょうか。

 死別で苦しむ状態というのは、一般的に使われる悲しみよりもより深く、より繊細な感情であると考えて、ここでは「哀しみ」と表現しました。

 哀しみの中には、「失った人に逢いたい」「もう一度抱きしめたい」といった愛おしい気持ちもある。ですから「愛(かな)しい」という表現がされる場合もあります。「哀」の奥には「愛」を含むさまざまな気持ちが含まれています。この複雑で繊細な気持ちを心の奥に押し込めた状態がグリーフです。

 この哀しみが心の奥底にあって、このあと説明する7つの局面=状態や反応が引き起こされていきます。大事な存在を失う哀しみは完全になくなるものではありません。また、乗り越えたり、なくそうとしたりする必要もありません。しかし、自分の身に起きる変化のプロセスをある程度理解して、客観的に捉えることは、毎日を少しでも楽に過ごす上で一助となるでしょう。

「混乱」「否認」や「怒り・罪悪感」の局面で起きること

 大切な人を亡くした直後は、多くの方が「混乱」されます。死別を通して、大きな混乱を経験したという人は多いと思います。死別直後のことを覚えていなかったり混乱したりするのは、一時的に「辛すぎる現実」から自分の身を守るための防衛反応だという考え方もできるでしょう。

「混乱」に隣接する「否認」も、混乱の局面と近しい反応が起きることがあります。「否認」というのは、その出来事が嘘であってほしい、何かの間違いであってほしいという現実が受け止められない状態です。

 死別による「怒り」は、大きく分けると次の6つの方向に向けられます。

①大事な人を傷つけたと思われる人に対して
②亡くなった人に対して
③身近な友人や支援者に対して
④世の中や制度など社会に対して
⑤神や仏といった超越的な存在に対して
⑥自分自身に対して

 大事な人を亡くしたときの怒りは、状況によってさまざまな対象に向けられます。この負のエネルギーは、自分以外に向けられれば「怒り」ですが、自分自身に向けられれば「罪悪感」や「自責」と表現することもできます。

「抑うつ」や「あきらめ」の局面で起きること

 ここでいう「抑うつ」は、精神疾患のうつ病のことではありません。突然の出来事で混乱したり、怒りを感じたり、自責の念を覚えたりするのは、とてもエネルギーを使う状態です。エネルギーをたくさん使えば、疲弊してしまうのは当然のことでしょう。そうした抑うつ状態になるのは、ある意味で自然なことだということです。

 抑うつの隣にある「あきらめ」は、決してネガティブな意味合いだけでなく、現実を少し客観的に見られるようになった局面をさしています。どれだけ泣いても叫んでも大事な人は帰ってこない。ここからまた新たに始めるしかないのだというような状態です。やはり、哀しみが消えたわけではありませんが、客観視できるようになることは、次の生活への大きな変化の兆しと言えます。

「あきらめ」の隣にある「転換」は、「このままじゃいけない」「何か始めなければ……」と少し行動できるようになった局面です。たとえば休んでいた趣味を再開したり、夫との思い出の場所を訪ねてみたりするのも、この転換のひとつと言えるでしょう。

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最後に待つ「再生」

 これらの概念を知ったとしても、決して病気などを診断できるわけではありません。また、安易な自己診断を促すものでもありません。その上で、この記事でグリーフスパイラルを紹介しているのは、死別のときに起きることを知ることで、自分の気持ちを整理したり、これから生きていく上の目安になったりすれば……と願ってのことです。

 もちろん、図のように進むわけではないと思う人もいるでしょう。エドウィン・シュナイドマンという米国の臨床心理の専門家は、悲嘆に関わる心理変容を「蜂が巣箱の周りを飛び交うようにさまざまな心が飛び交う」と表現しています。

 人によっては行ったり来たりしているように感じるかもしれません。ですが、どんなに苦しい立場にあっても、負傷した傷が徐々に癒えるように、少しずつ人は変化し、成長して、やがて「再生」に向かっていきます。「グリーフスパイラル」の最後にあるこの「再生」は、自分らしく生活できるようになった局面です。

これらの7つの局面に明確な区分があるわけではありません。ただ、喪失したという経験の後に、どのような状態になるのか不安な人にとっては、大まかな「地図」となりうるはずです。

悲嘆の旅路における「道しるべ」を持つ

 大切な人を亡くしたときは、深い森の中でさまよってしまったような気持ちになることがあります。そうしたときに、私たちがどんな状態になる可能性があるのかを知ることは、悲嘆の旅路の道しるべを心の中に持つことになります。自分はどのあたりにいるのか、そしてこれからどこへ向かっていくのかがわかれば、不安はやわらぎ、いまを生きる力になるでしょう。

 グリーフは、誰もが避けて通ることができない大切なテーマです。いまはこうした死別が身近に起きていない方でも、きっと役立つときがきます。ぜひ心にとめておいてください。

 

■ 井手 敏郞(いで・としろう)
一般社団法人日本グリーフ専門士協会代表理事。アライアント国際大学カリフォルニア臨床心理大学院(日本校)にて、米国臨床心理学修士号(MA)取得。日本グリーフ&ビリーブメント学会、日本個人心理学会(アドラー心理学)所属。幼少期の喪失体験をきっかけに、日本・アメリカ・ドイツの複数の団体で、グリーフケア・カウンセリング・セラピー・コーチングを学び、精神科クリニックにてグリーフケア・プログラムを担当。2015年、一般社団法人日本グリーフ専門士協会を立ち上げ、養成した死別悲嘆の支援者(グリーフ専門士・ペットロス専門士)は500人を超え、その輪は日本以外にもアメリカ・カナダ・中国・オーストラリア・インドネシアに広がっている。

 

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