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銀行員が語る「失敗する経営者」 夢ばかり見て、足元が見えなかった人

LIMO / 2021年1月13日 19時50分

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銀行員が語る「失敗する経営者」 夢ばかり見て、足元が見えなかった人

新しい年になり、今年1年の目標を立てた方もいらっしゃるのではないでしょうか。目標や夢を持つのは素晴らしいことですが、それがかえって仇になる場合もあるようです。

私が銀行に入社してまだ間もない頃、先輩からの教訓に「前と上ばかり見ている人は、足元を見ないので転ぶ」というものがありました。これまで銀行員という仕事を通して、それこそ数え切れないくらいさまざまな人を見てきましたが、どうやらこれは本当のことのようです。今回は、そんな教訓めいたお話です。

銀行員が出会った「前と上しか見ていない人」

これは、地方の観光地に赴任していたときのお話です。古くからの温泉地で、周りは和風旅館ばかりだったその場所で、エスニック調のペンションを経営している方がいました。この方をAさんとしましょう。

Aさんは、学生時代に旅行した東南アジアが気に入り、気候が似ていると感じたその地にペンションを建てたそうです。

私が担当となり、挨拶のために初めてペンションを訪れた時のことでした。挨拶をして、お互いの自己紹介など会話が進みましたが、何となく違和感を覚えました。とはいえ、こちらも仕事で来ているので、なるべく気にしないよう相手の話に集中しましたが、その違和感は最後まで残ったままでした。

初対面で感じた違和感とは

その場を辞し、銀行の営業車でひと息ついた時に、やっと私はその違和感の正体に気が付きました。

Aさんは私と会話している時に、私の目を見て話されましたが、どこか「心ここにあらず」といった様子だったのです。この場で全てを悟ったわけではないのですが、何年も銀行員をやっていると、Aさんは目の前にいる私を見ながら、話を聞いていなかったということは直感としてわかります。

そしてこの違和感は、それから先のAさんとのやり取りで確信に変わっていきました。

「忙しい」と「忙しくしている」とは違う

Aさんは、とにかく「忙しくしている」人でした。

いいアンティーク家具があると言えば買いに行き、流行っているペンションがあると言えば見学と、自分のペンション運営は部下に丸投げで、年中国内を飛び回っていました。Aさんに用事があり会いたくても、事務所にいたためしはなく、連絡はいつも携帯電話でした。

そんなある日、携帯電話の向こうから「今、ロビーの絨毯を選びにバリ島にいます」と聞いたときはさすがに驚き、正直呆れてしまいました。なぜならこの時、新しい融資の手続き書類が必要で、翌日に会う約束をしていたのです。もちろん手続きは遅れ、私と銀行は予定の変更をしなければならなくなりました。

こうした積み重ねで、銀行のAさんに対する信用はどんどん低下していったのです。

差し伸べられた手を振り払ってしまう

経営者がこのような状態では、会社が上手くいくはずありません。ペンションの経営が悪化するにつれ、当然ながら銀行からの融資は受けにくくなっていきました。

そんな時に、窮状を見かねた近所の同業者のオーナー(Bさん)が、資金援助を申し出たのです。Bさんは人物もしっかりした人で、地域や業界のまとめ役として、銀行も私も信頼の置ける人でした。

しかし、Aさんはこの申し出をきっぱりと断ったそうです。Bさんによると、

「援助のフリをして、ウチを乗っ取るつもりですか」
「何か狙いがあるんでしょ?」

Aさんからは、このような反応が返ってきたそうです。

「同業だから、大変なことはわかっている。だから助けてあげたかったのに、手を振り払われちゃったよ」

Bさんは寂しそうにこう呟いていました。

経営者なのに何も知らなかった

その後も、Aさんの行動は変わりませんでした。ペンション運営は部下に任せっきりの状態が続き、客足の減少も歯止めがかかりません。そして、ついに決定的なことが起きてしまいました。

任せていた部下とお金の話でいさかいになり彼を解雇した時、Aさんは自分だけではペンション経営ができないことに、初めて気づいたのです。

しかし、時すでに遅し。ここからは、Aさん本人に聞いた後日談です。

部下を解雇した瞬間から、事業は急停止してしまいました。予約状況や従業員のシフトなど運営面は言うに及ばず、その時期に宿泊客へ出す食事メニューすら知らなかったそうです。

経営者が自分の会社を知らなければ、その会社の未来はありません。やがて融資の返済は延滞し始め、仕入代金や給料さえも遅れるようになりました。Aさんは、両親の住んでいた実家を売却するなど資産もすべて使い切り、最終的に破綻してしまったのです。

こうして、最後まで守ろうとしたペンションは人手に渡りました。しかし手放した後も、Aさんはペンションから離れがたく、今では元・自分のペンションで運転手として働いているそうです。

足元が見えず失敗した人

銀行員の仕事として、Aさんにはときには苦言も呈しました。付き合いも長くなったAさんに対し、私はある日、怒られるのを覚悟でこう問いかけました。

「あなたの周りには誰もいないのですか?」

会社勤めの時に結婚した奥さんは、Aさんが転身したあともついてきてくれました。ペンション経営などまったく素人なのに、奥さんは一生懸命勉強して、少しでもAさんのサポートをしようと陰で頑張っていたそうです。

地域や同業者との付き合いが全くなかったAさんに代わり、奥さんだけはご近所付き合いも続け、実は上述した同業者の援助も奥さんの人柄あっての話でした。

また、信頼できる部下もいました。「信頼して部下に任せる」と言えば聞こえがいいですが、Aさんの場合はすべてを部下に丸投げだったにもかかわらず、ペンションを切り盛りしてくれていました。

しかし、そうした私の思いに反し、予想通りAさんには「他人の家庭に口出ししないでください」とピシャリと言い返されてしまいました。

おわりに

夢を追うのは素晴らしいことですが、ときには足元を見て、自分の実力や身の丈を知ることも必要です。そして、人への感謝はもっと大切です。夢だけを見ていては、周りで自分を気にかけてくれる心やさしい人たちがいることにも、なかなか気が付けません。

Aさんが、奥さんや同業の方々など周りの人ともう少し手を携えることができていたら、違う結末になっていたのではないでしょうか。

Aさんは、ペンションを失った後もそこに留まっています。これを愛着か、それとも執着と捉えるかは、人それぞれだと思います。Aさんが幸せならそれもいいでしょう。

もしかしたら、彼は今も夢を追い続けているのかも知れません。

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