「終身雇用制が維持できない」ことはない。企業と社員双方に効用
LIMO / 2021年2月14日 19時35分
「終身雇用制が維持できない」ことはない。企業と社員双方に効用
「終身雇用制が維持できない」といった声が財界から聞こえていますが、終身雇用制は日本に合った制度なので、枝葉はともかく根幹は維持されるはずだ、と筆者(塚崎公義)は考えています。
終身雇用はウィン-ウィンの関係
日本人は、リスクを嫌う民族だと言われています。金融資産に占める株式比率の低さなどを見ても、納得ですね。筆者は詳しくありませんが、遺伝子的にも慎重な遺伝子が多いらしいです。災害の多い場所で生き残ったのは慎重な遺伝子を持った個体だった、ということなのかもしれませんね。
そうだとすると、終身雇用制は日本人に向いています。雇用の安定という、日本人労働者が最も欲しがっているものが得られるわけですから。
それは同時に、終身雇用制は日本企業にとっても都合が良いということになります。「生涯所得の期待値は欧米企業よりも低いけれども、雇用の安定は保証する」と言えば、喜んで働く社員が大勢いるからです。
「外資系企業に転職すれば年収が大幅増になるのに、日本企業で働き続けている」という人は少なくありません。外資系企業のギスギスした人間関係を嫌っているという面もあるのかもしれませんが、雇用の安定を失いたくない、という面も重要なのだと思われます。
恥の文化が終身雇用を可能に
日本人に終身雇用が向いている、というか日本人以外に終身雇用の適用が難しいかもしれないと考える理由は今ひとつあります。日本の「恥の文化」です。
外国人であれば、「仕事をサボっていてもクビにならないなら、サボろう」「窓際族というのは、仕事をしなくても給料がもらえる最高のポストだから、それを目指そう」などと考えるかもしれません。
しかし、日本人は恥の文化ですから、同僚から後ろ指を指されるような目には遭いたくない、と考えて真面目に働くはずです。だから企業としても安心して終身雇用制を採用できるのですね。
従業員の教育にコストがかけられる
終身雇用制であれば、従業員の教育にコストをかけても時間をかけて回収できるので、質の高い労働者を育てることができます。
欧米では、自分で教育を受けた人を高い給料で採用するのが普通ですが、日本では会社が教育のコストを負担するので、より会社の実情に合った教育を施すことができるはずです。これについては「社内でしか役に立たない知識やノウハウが蓄積されていくだけだ」といった批判もありますが(笑)。
変化の激しい時代には向かない?
これからは変化の激しい時代だから、終身雇用制には向かないのだ、という識者は多いのですが、筆者はそうは思いません。
高度成長期の日本は、エネルギー源が石炭から石油に変わり、主要産業が軽工業から重化学工業に変わり、今よりもはるかに変化が激しい時代だったのではないでしょうか。そうした中でも企業は終身雇用を採用したのですから、今の日本企業が変化の激しさを理由に終身雇用をやめてしまうということにはならないでしょう。
強いて言えば、高度成長期には主に単純労働者が雇われていたから産業構造の変化に伴って配置転換をすることは容易だった、という違いはあるかもしれません。
今は単純労働者の比率が低いので、企業の業務内容が変わったときに、配置転換によって従業員の新しい仕事を確保するということが以前よりは難しい、ということは言えるのかもしれませんね。
バブル崩壊で非正規労働者が増えた流れは変化?
バブル崩壊後の長期低迷期、日本企業では正社員を減らして非正規労働者で置き換える動きが活発化しました。
一つには、ゼロ成長時代なので正社員を採用しすぎると、そのまま定年まで余剰人員として給料を払い続けなければならない可能性が出てきたからです。 高度成長時代であれば、少し社員を雇いすぎても、直に企業が成長して余剰人員ではなくなると言うことが期待されていたわけですが、それとは状況が異なってきたわけですね。
もう一つ、高度成長時代と異なり、終身雇用制によって労働者を雇い囲い込む必要が薄れたと言うことも言えると思います。労働力不足が深刻だった時代は、非正規労働者はいつ引き抜かれるか分からないので、終身雇用にして労働者の雇用を安定させるとともに、企業の労働力確保も目指したわけです。
バブルが崩壊してからは、失業者が大勢いる時代になったので、企業は労働者を囲い込む必要がなくなりました。必要な時にいくらでも非正規労働者が雇える、 ということがわかってきたからです。
ところが最近、新型コロナの前のことですが、少子高齢化によって労働力が不足する時代が再び訪れるようになりました。そうなると、非正規労働者を正社員に登用して労働者を囲い込もうと言う企業が増えてくることが予想されます。
実際、新型コロナの前にはそうした動きも見られましたので、新型コロナが収束した後も、そうした動きは続いていくのではないかと筆者は考えています。
マクロ経済面からも終身雇用は望ましい
景気後退時に簡単に解雇が行われるようだと、所得を失った人が消費をしなくなるので、景気がさらに悪くなっていくということが懸念されます。それに対し、企業が終身雇用制を採用していると、不況の時も解雇が増えないので個人消費が落ち込まず、景気の落ち込みが緩やかなものにとどまる、 ということが期待されます。
今回の新型コロナ不況に際しても、企業が雇用を維持したことが消費の激減を緩和し、景気の落ち込みをある程度防ぐ効果があったのだろうと思われます。
終身雇用制の変質は長寿化と株主主権が主因に
もっとも、終身雇用制が従来のままの形で続いていくとは考えにくいですね。理由としては、人々が長生きをするようになったことと、企業が従業員の共同体から株主の持ち物に変質したこと、が挙げられるでしょう。
人生100年時代を迎えて、1つの会社に働く期間が定年延長でどんどん伸びていくと言うよりは、ある程度のところで退職をして、その後第二の人生に挑戦する、という動きが活発化していくことが予想されます。今の職場で輝けないなら、自分を必要とする職場を探してみよう、というわけですね。
もう一つは、企業の変質です。企業が従業員の共同体であった時代は、従業員の雇用の確保が最優先でしたが、企業が「株主の金儲けの道具」に変化しつつあるために、終身雇用制を維持したくないと考える企業が増えるかもしれません。
株主のために利益を稼ぐことが企業の主目的だということになると、給料の高いベテラン社員を大勢抱えておくことは難しくなってくる、というわけですね。
給料の高いベテラン社員に関しては、そのまま終身雇用で雇い続けるのではなく、いったん定年退職してもらって安い給料で定年後再雇用する、あるいは別の会社に転職して第二の人生を歩いてもらう、ということが企業側から期待されるようになるのかもしれませんね。
本稿は、以上です。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織その他の見解ではありません。また、厳密さより理解の容易さを優先しているため、細部が事実と異なる場合があります。ご了承ください。
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